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第2話「手が届きますので」

 蓮実スミレ先輩と市岡ミツキさんの「合同誌」。

 その栄えある第1冊の初稿を台無しにした俺に求められたのは、よりふさわしい装丁デザインだ。


「何があっても三郎くんがクラスでハブられることはないから、気にしないでね」


 蓮実先輩がそう言っていた通り、クラスで何か言われることもなく、静かな日々を送っていた。

 たぶん……皆、触れようにも、話題に触れられないのだろう。


 こういうとき。威圧的に声をかければ、周囲から自分に視線をあつめてしまう。


 ミツキさん(名前で呼べと言われた)との話だけならともかく、なぜか生徒会長の蓮実先輩が絡んだ出来事に巻き込まれているらしい。

 そんな状況で下手に騒げば、学校でどう自分が噂されるかなんて、分からない。


 クラスLINEどころじゃなく、裏垢で情報が出回るリスクもある。いじめは見えるものだけじゃないと、皆よく知っているはずだ。


(ありがたいっちゃ、ありがたいんだけどな……)


 授業終わり、蓮実先輩が待つ第2資料室へ向かう。創作同好会という名前で、蓮実先輩とミツキさんがこの部屋を借りているらしい。俺も加入済みだ。


「失礼します……」


 どのような結果になろうとも、まず最初に取り組むべきは、2人の作品について知ることだ。そう心に決めて、俺は資料室のドアを開けた。


「待ってたわよ! 三郎くん!」


 満面の笑みを浮かべた蓮実先輩は、俺の頭一つ下で手を振っている。やっぱり小学生にしか見えない、と言いたくなったが、先輩の目が鋭くなったのを見て慌てて口を閉ざした。


「えっと、ミツキ、さんは?」

「ミツキちゃんはチア部の練習中! それに、まあ、私も流石に人に自分の作品を見せるのは、恥ずかしいというか、なんというか」


 照れ笑いしていた先輩は、姿勢を正すと、俺に紙の束を差し出した。


「それで! これ、私が初めて出した本! 恋愛漫画なんだけど……あの、今も、在庫があって……ね。その、表紙詐欺だって言われちゃって……」


 表紙詐欺とは、たとえば美麗なイラストがあしらわれた小説本などに使われる言葉だ。


 漫画なのに、なぜ? そう思いながら手に取った俺は、卒倒するかと思った。


「どうして表紙の文字が一面太字のゴシック体なんですか? サスペンス小説化と思いましたけど?」

「タイトルがはっきり見えた方がいいと思って」

「そりゃあそうですけど。こんなに繊細なタッチの、しかもめちゃくちゃ気合が入った恋愛漫画なのに、なんで表紙にイラストが一枚も入ってないんですか!?」

「その、表紙でネタバレって感じがして……」


 繊細なタッチで描きこまれた漫画からは、昭和の香りがする。正直、俺も詳しいわけではないが、黒インクと修正液、それからかの有名なスクリーントーンが使用されているのが見て取れた。


 絵柄は確かに古い。古いが、味がある。それにストーリーの内容が、対等な愛を求める男女で、個人的にはすごく面白い。


 ゆえに、もったいない。表紙さえ今風にするか、いっそ昔の単行本ぽいレイアウトにするだけでも、手に取る人は何人もいるハズ。


「今まで描いた漫画は、どれもあんまり手に取ってもらえなくて。たぶん、装丁が地味だからだと思うんだけど……だけど! できるだけシンプルな表紙にしたくて。でも、表紙詐欺ってまた言われるかもしれなくて……」


彼女の言葉には、どうしようもない焦燥が滲んでいた。「見てもらえない」という悲しみが、ひしひしと伝わってくる。


「答えにならないかもしれませんが、先輩はどうして、恋愛漫画を?」

「……私、背が低くて、幼い感じでしょ」

「そう、ですね」


 先輩にもコンプレックスがあることは分かった。でも、そこと恋愛漫画が結び付かず、首を傾げる。


「それで。私が漫画を描き始めたのって、おじいちゃんの影響でさ」

「おじいちゃん?」

「おじいちゃん、同人作家なの」

「大先輩!?」


 先輩は普段の生徒会長らしい凛とした雰囲気を脱ぎ捨てて、どこか自信なさげな表情で呟いた。


「描き方を習った当時は全部アナログだったから、なんだかこの描き方から抜け出せなくて。おじいちゃん自身は今は板タブで描いてるんだけど」

「おじいちゃんに俄然会いたいですね」

「いつかね。それで、おじいちゃんがね、言うの。漫画はすごいぞ、背が高くても、低くても、太っていても、痩せていても、目が見えていれば同じ内容が読めるって……」


 先輩の笑顔が、俺の胸に小さな衝撃を産む。可愛い、と口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。


「……じゃあ、俺が普段参考にしている本屋さんを巡ってみませんか? 先輩の漫画に合う装丁のヒントが見つかるかもしれません。まずは理想から見つけていきましょう」


俺がそう提案すると、先輩は目を丸くする。


「そこまでしてくれるの? ありがとう、三郎くん!」


嬉しそうな先輩にホッとしつつ、俺はふと思う。


(あれ、もしかしてこれって、放課後デートか?)


 多分違うはずだ、絶対にそうだ。

 嬉しそうに資料室を出る先輩を追いかけながら、改めて今後の学校内での立場がどうなるのかを少し不安に思うのだった。


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