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第3話 「ノスタルジックですので」


 俺が『装丁』に興味を持ったのは、むかし見た本の影響だ。


 子供のころ。父親に連れていかれた美術館。

 その本は、小さかった。

 掌に乗るか乗らないかというくらいの大きさ。表紙は布張り。

 中央をくりぬかれ、綺麗なセロファンが貼られているもの。

 螺鈿細工や麦藁細工。おおよそ、本に対して使うとは、おもえないもの。


 きれいだった。中身なんて関係なく、とにかくその本は、美しかった。


「ここ、東雲堂っていう古本屋なんですけど。先輩の参考になる本が多いかも、と思って」

「……入っていいの?」


 薄暗い入り口で立ち尽くす先輩を振り返る。高校の制服を着て居なければ、迷子の小学生みたいだった。


昔ながらの木製の棚には、所狭しと様々な本が並べられている。独特の紙とインクの匂いが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃい。三郎くん」


 奥で店主のおばあちゃんが言う。ごくんっ、と息を飲んだ蓮実先輩が、一歩踏み出した。


「うわぁ、すごい……! こんな本屋さん、初めて来た!」


先輩は目を輝かせながら、楽しそうに本棚の間を縫って歩く。無邪気な横顔だ。


 俺たちは一冊ずつ、興味を引かれる本を手に取っていく。装丁の工夫や色使い、フォントの種類など、先輩の漫画に活かせそうな要素を探した。


そんな中、先輩が奥の方にある高い本棚を見上げた。


「あれ? あの本、もしかして……!」


彼女が見上げるのは、棚の一番上の段に置かれた、古い恋愛小説らしき本だった。

背伸びをして、懸命に手を伸ばす蓮実先輩。だが、彼女の指先は、あと少しのところで届かない。


「んーっ! ちょっと三郎くん、身長貸してっ」

「返ってこないでしょ、それ」

「うん、20センチくらいほしいっ……」


俺は無意識に、先輩の背中にそっと手を添え、体を支えた。先輩の小さな体が俺の腕の中にすっぽりと収まる。指先が、ほんのわずかに触れ合った。


「っ……!?」


蓮実先輩の背筋がピッと伸びるのがわかる。それでも伸ばしてしまった手は止められない。


ぽすん。俺の手の中に落ちるように取り出された本。指先に当たる感触からして、布張りだ。黄土色の布地に、タイトルと思しき文字が目の醒めるような青色で書かれている。箔押しと呼ばれる、熱と版を使って紙に金箔などを印字する加工技術だ。


蓮実先輩の顔は真っ赤だ。おそるおそるこちらを見上げて、ASMR動画のごとき囁き声で俺に言う。


「い、い、いまのって……恋愛漫画っぽくなかったか?」


俺は何も言えず、本を先輩に差し出した。確かに、ぽかった。先輩は息を吸って、俺が差し出す本を受け取る。

今更のように恥ずかしさがこみあげてきて、胸の奥が熱い。


「……ありがとう、取ってくれて」


 先輩の声は、僅かに震えている。悪いことをしただろうか、と思いながら続く言葉を待っていると。


「君は、私を生徒会長だからとか、背の低さだとかを、気にせず接してくれるんだな」

「いや、めちゃくちゃ気にしてますよ?」


 そうじゃなかったら、あんな行動には出なかった。しかし先輩は首を横に振る。


「いいや。私の言う気にしているとは、気にしていることに気が付いて気にしてくることだ。あえて回りくどい言い方をしたり、今だったら私が事態を解決するまで見守ったりする。身長が低いのは変えられないし、生徒会長であることは事実だし。気にしているのは確かだが、私が気になるから気にしているのであって、あなたたちが気にすべきじゃないというか……。私だけの悩みまで、そちらのものにしないでほしいというか」


 ともかく。話を無理やり切り上げた先輩が、俺の方を見上げた。


「この本、私好みだ」

「……なるほど」


 その後は時間が許す限り、俺たちは参考になりそうな本を探すのだった。


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