資料室のドアがゆっくりと開いた。
「あれ? 三郎くん、まだいた……あっ!」
そこに立っていたのは、ミツキさんだった。
チア部の練習帰りなのだろう、Tシャツとハーフパンツ姿で、汗で少し濡れた髪が額に張り付いている。
ミツキさんの視線が、俺と蓮実先輩の姿を捉え、ピクリと揺れた。
「ミツキさん! 練習帰りですか?」
俺が慌てて声をかけると、ミツキさんは一瞬表情を曇らせたが、すぐに完璧な笑顔を取り戻した。
「はい。もうすぐ地区予選があるんです。だから、練習も熱が入ってしまって。二人とも作業中ですか?」
その声は、いつも通りの涼やかな声だったが、俺にはなんとなく動揺が感じられた。蓮実先輩も、どこか気まずそうに顔を逸らしてくる。
「蓮実先輩の装丁案、ほぼ固まったところなんです」
俺は、少しでもミツキさんの誤解を和らげようと、すぐに装丁案を取り出した。
「ミツキさんの詩集の装丁も踏まえると、白をベースにするのが良いと思っていて。ミツキさんの詩には、言葉にならないくらいの魅力がある。だからこそ、あえてシンプルな雰囲気にしたくって」
説明するうちに、彼女の表情が少しだけ和らぐ。蓮実先輩も、そんな俺の様子に、ミツキさんから見えない位置で小さくピースをみせてきた。
資料室には、再び雨音が響く静けさが戻ってくる。
(あ、焦ったぁ……)
まさか蓮実先輩に手に触られた挙句、見つめあっているところをミツキさんに見られるなんて。自分の立場をわきまえずに、なんて愚かな行動をしてしまったんだろうか。
2人から等しく距離を取ろうとした、その時だ。
「ところで、蓮実先輩はこの前、三郎くんとどこかに出かけられたのですか?」
ミツキさんが、ふと蓮実先輩に視線を向けた。その目は、探るような、しかしはっきりと牽制するような光を宿している。
蓮実先輩がグッと胸を張って、ミツキさんの視線を受け止めた。
「そうなんだ! 三郎くんと、装丁の参考に本屋さんを回ってきてね。三郎くんは、私の好きな装丁の本を、背伸びして取ってくれたりして。おかげで、素敵なアイデアがたくさん見つかったんだよ」
蓮実先輩が、何か言いたげに、チラリと俺の方を見た。視界の中で、とびきり可愛い笑顔の先輩が、頬を染めて微笑む。
流石の俺でも、この空気が何かおかしいことに、やっと気が付き始めていた。
「ふうん。そうですかぁ」
ミツキさんがにっこりとほほ笑み、続ける。
「実は私も、この前、一緒に帰ったんです」
「ふぅん? 図書館にでも行ったのか?」
「いえ。その……蓮実先輩に私の完璧主義で迷惑をかけてしまったことを打ち明けて。実は私、泣いてしまったんです」
「なんだと?」
蓮実先輩の視線が、俺に向いた。まずい、俺が泣かせたわけではないと思いながらも、異様に焦ってしまう。
「あのっ、えっと、結果としてそうなってしまったといいますか、あの」
「あの時、三郎くんは言ってくれたんです。ミツキさんのことをよくわかっているから、蓮実先輩は許してくれたんだと思うって。俺も協力するから、納得できるものを目指そう。完璧を目指したっていいんだ。悩み続けたっていいんだって……。私の悩みにも付き合ってくれて……本当に感謝しているんです」
ミツキさんが、なぜかほんのりと甘く見えるような視線を送り、意味ありげに微笑んだ。
「そうか。それなら、今、私も一緒に作業しながら、装丁を好きになった理由を聞いていてなぁ」
「それは素敵ですね。私にも教えてくれませんか?」
「三郎がいいならいいぞ?」
二人の言葉の応酬に、俺はただただ呆然とするしかない。まるで、なんというか、それぞれが俺との「親密度」をアピールし合っている気がする。
そして。
「五分五分、ですね」
「そうだな。フィフティフィフティだ」
微笑みあった2人は、そういっていつもの雰囲気に戻ったのだった。