「ねえ。竜之助さん」
しばらくのあいだ、南塀の北となりにある(「地」の南東に位置)男性寮で城崎翼と相
部屋で生活をすることになった。
七階建てのマンションの二階の1DKである。和室。
布団を「=」の形に敷いた城崎翼は、四条竜之助がまんじりともせずにただ布団の上で
横たわっていると、四条の布団の方に這ってきた。
城崎は頭に巻いたタオルを取ると、ちょうど前髪が眉毛を隠しすくらいの髪の伸び加減
だった。陶芸家のお弟子さんのよう。タオルを巻いている時は仕事中で、巻いていない時
はオフだという着易さがある。
「ここではね。異性愛禁止。変わっているでしょう?同性愛禁止の信仰なんか沢山ありま
すけど。ここでは、異性愛禁止なの」
「イ・セ・イ・ア・イ・キ・ン・シ?」…… 。
城崎翼は四条竜之助の体を求めているのか?と一瞬考えてしまい、四条は背筋を凍らせ
た。急いで布団から出て、城崎と距離をとる。
「ふふ。僕は『息子さん』で、竜之助さんは『お孫さん』っていうべきか。わかります?
僕たち親子なんですよ」
「何を言っているのかサッパリだ」
「竜之助さんのお父さんは、元々この『地』で生まれたらしいじゃないですか」
「さあ?物心ついた時から、母子家庭だったから」
四条竜之助は父親のことをほとんど知らない。母とのあいだで話題に出すことは禁忌だった。
「始まりは一九五九年です。昭和でいえば三四年ですけど。まあ、ここでは、昭和とか平
成とかそういう元号を使うことは無いですね。
もともと、この刑務所みたいな土地は『合格族(ごうかくぞく)』という受験勉強合宿村だったそうです。
当時の成金がこぞって子供に受験勉強させたんですよ。当時の金持ちといえば、炭鉱所有
者とかね。で、国立大学の入試が一期校二期校制だった時代ですよ。浪人合格者が現役合
格の三倍だった時代。金持ちが自分の息子、娘を大学受験浪人させておくのに、こういう
ところに優秀な講師を呼んで勉強させたら、とか考えたんですかね。
で、一説には男色が流行ったそうなんです。女色というのは男性にとっての異性愛のこ
とですが、男色は男性による同性愛。どちらにせよ男性中心主義的な言葉ですがね。
一九五九年に何が起きたのか。御家属の『脚本(シナリオ)』ではこうです。脚本とい
うのは、まあ、教義みたいなものです。僕たちの信仰では自分たちの肉体こそが信仰であ
り、教典みたいなものは重視されないんですが。
そのとき、五家一本という二十一歳の男が不老不死になったというんです。正確には、
二十一歳の時にこういうことになった。
五家一本は十九年と十一か月眠り続けることで、そのあいだ年を取らないのだ、と。
ですから。もし仮に『お兄さま』つまり、小石川正義さんは六十一歳ですけれど、五家
一本さんは小石川さんと同級生というわけ。でも、小石川さんはちゃんと四十年年を取っ
ているわけですけど、五家一本さんは二十一歳のままなんだそうです。
で。十九年と十一か月眠り続けると言いました。そのあと、一か月は起きて、そしたら
また十九年と十一か月の眠り。
その一か月に、五家一本さんが何してると思います?」
四条竜之助は面食らった。眼前に空気鉄砲で一発、ファサリとくらわされたような驚き
と困惑の顔をする。
「さっきから、いったい、何の話をしてるんだ?」
「御家属の成り立ちと信仰の話に決まってるじゃないですか。五家一本さんは子作りをす
るんです。
一九五九年の時点で、ころりと合格族は御家属へ転換してしまった。住人は女性百名、
男性百名といったところです。
女性にとっては、まあ、ね、受験勉強のストレスで精神が参ってしまったものたちの安
息の地。
男性にとっては、まさしく男色天国だった。
まあ、日本で同性同士の性愛が禁止されたのは欧米と比べたら実に僅かな期間でした。
ヨーロッパでは男色を咎められ投獄された何人もの偉人がいるけれど、日本において男
性同士の性愛を禁止した法律は明治期に十年間だけ有効だった『鶏姦罪』だけですからね。
まあ、井原西鶴だって、『神話の中で神様のあいだに女色が登場するまでは、世界は平穏だった』なんて言ってるくらいで、ほんらい女色は異常なんです…… 。
まあ、それは別にいいのですが。要するに、ほら、一般社会に出たら、法律で禁止され
ていないといえども、男子は嫁を貰い、家庭を気づいてナンボでしょう?そういうのが嫌
で男色にふけりたい男どもも実は少なからずいたって話ですよ。
で。そうそう。五家一本さん、『お父さま』は、二十年に一度、御家属の女性百人を相手に『踊る』ん
です。『踊る』というのは、女性を妊娠させる行為のことですね。
まあ、今の時代、子宝に恵まれない人も多いでしょうが、何せ『お父さま』という絶対
的な男性。男根が立って歩くという形容もあります。男根を神様として一緒に練り歩く奇
祭があるでしょう?あれが、現実に五家一本として現れたような。『お父さま』と少し交
われば、たちまち赤ちゃんを身ごもってしまうっていうんです」
「そんな、まさか…… 」
「いいですか。五九年の『踊り』では、百人の子供が誕生。男女比は半々になります。で
すから、次回、七九年には十九歳の『娘さん』が五十人いる計算になります。それに加え
て、また、外部から、精神の参った女性を五十人連れてきて…… 」
「五家一本さんが合計百人を相手に子作りするというのか?」
「ピンポンピンポン。半分は自分の実の娘を相手にしてですよ」
「信じられないな」
「そして、五九年の御家属設立時にいた男性百名、女性百名。これは、『お父さま』と血
の繋がらない人間です。
七九年でこの世に『舞っ』た『娘さん』は五十名。『息子さん』五十名。これに、外部
から呼んだ『お父さま』の相手役、便宜上『お母さま』とでも言いましょうかが五十名。
そうそう。『お父さま』が『踊る』のはハタチの清らかな女にだけです。
で。今年、九九年には
『お父さま』と血の繋がらない男性百名、
元『お母さま』を含めて『お父さま』と血の繋がらない女性が百五十名。
五九年『舞』と七九年『舞』の『息子さん』を合わせて百名。
同じように『娘さん』が百名。
新しい『お母さま』が五十名。
あくまで、単純な計算の話ですよ。計算では『地』の御家属人口は五百名だ。
もちろん、近親相姦で出来た子供には異常があるなんて話もありますし、だから、亡く
なってしまった人や、出て行ってしまった人もいますから、その人たちの数を引いて、だ
いたい七割。三百五十人くらいが、現在、この『地』で生活しているというわけです。
といっても、女性たちは『地』を守り、陶芸品作りをしたりします。男連中は外に出稼
ぎに行く。ここいらへんが、通り一遍の宗教コミュニティとは違うところ。ありきたりで
絵に描いたような自給自足なんてしません。
でね。僕は七九年の『踊り』で『舞っ』た『息子さん』なわけです。そして、竜之助さ
んは五九年の『踊り』の『息子さん』の子供。だから『お孫さん』と言ったわけです。
僕には『お父さま』の血が四分の三流れている。竜之助さんは四分の一。まあ、濃さは
関係ありません。お互い同じ血が流れてる同士、愛し合おうじゃないですか」
城崎翼が饒舌に語って見せた御家属の情勢もイマイチ飲み込めなかったし、そこからど
う転んで自分を口説くことになるのか、四条にはサッパリ見当がつかなかった。
「ぼ、僕にそういう趣味は…… 」
「本当ですか?あなたの『息子さん』はそり立っているようだけど」
城崎翼は足先で、四条竜之助の股関を突っついた。
「それは、君、そういう子作りだなんだって話を聞いたから、ちょっと、ねえ…… 」
「分かったでしょう?この『地』において、女性が交わる相手は『お父さま』のみ。だか
ら、『息子さん』は『娘さん』には手出しできない。
ねえ。ちょうど、今、僕の夫は、出稼ぎに行ってるんです。相手をしてよう。寂しいよ
う」
城崎翼はしらじらしい泣き真似をした。
四条竜之助は城崎翼を自分の布団からどかせて、毛布をかぶってしまった。
そこまで拒絶して城崎がなお迫ってきたら、その時はその時だ、と腹をくくって。
【つづく】