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■ 舞踏の間 ■

 自警団員詰所から舞踏館への通路を通るにあたっては、小石川正義から四条竜之助への

言葉は特になかった。

 舞踏館も「地」の中で特徴的な建造物である。まず、西側の出入口から入ると六角堂が

ある。それが「舞踏の間」。そして西側の出入口の対面になっている六角堂の東側からは

踊り場があり、そこから北へと階段が伸びている。その階段をのぼると到着するのが「天

舞の間」。そこから更に階段をのぼると「天」の間へと続くようになっている。それぞれ

の部屋と階段は、「地」の敷地と同じく高い塀で囲われていて。まるで、天ヶ山に獲物を

胃で消化している最中の大蛇のようなカッコウになっている(「天」が蛇の頭。「天舞の

間」が蛇の腹。六角堂以南に蛇の尻尾が伸びる)。

 小石川正義は、まず、六角堂でその六角の頂点になっている六つの柱をコツンコツンと

手の甲で叩いた。そして、取っ手があるわけでもないのに、柱の一部を小石川が押すと、

カパッと開いて中が見えた。空洞だ(柱の意味は?)、と思ったとき、そこに樽のような

ものを四条は認めた。

 もう既に小石川の取り巻き連中はおらず、舞踏館のなかでは小石川と四条のツーショッ

トだ。

「この六角堂の六本の柱は見せかけ。柱ではなく、桶樽を隠すのに使っている」

 そう言って小石川は、「頭」と言って北の柱を指さし、北東の柱を「右腕」、北西の柱

を「左腕」、南東の柱を「右足」、南西の柱を「左足」、南の柱を「胴体」と言った。

四条は、小石川が言い終えたとき、ゾッと背筋を伸ばした。小石川正義は、五家一本が

子作りを終え、生命機能を停止させられたあと、彼の一時的な遺体を六つに切断し、六つ

の柱に保管しているのだ…… 。

「何故、切断の必要が?」

「ひとまとめにしておいて、火事か何かで燃えて生き返ったらコトだからねえ。六つに放

しておけば、燃やしても生命機能の再開はない。『お父さま』の聖骸を、乾燥した土と桶

樽に入れる。そのまま放っておくと、七年から八年で白骨化してしまうだろう。だから、

我々は五年に一度、聖骸をひとまとめにし、窯で燃やして、肉体再生と生命機能再開を見届けてから、また、生命機能を停止させて切断する」

 四条は当然の疑問を口にした。

「その五年めの時にも子作りをさせないのは何故ですか?」

「リュウノスケくんには何度も言っているが、私は一本に対して温情をかけているのだ。

五年に一度は過酷だろう?」

「過酷なのは一本さんにとってではなく、もしかしたら、あなたにとって過酷なのでは?

もしや」

 小石川正義は、肩をすくめた。

「降参だよ、リュウノスケくん。そうだ。五年に一度だろうが二十年に一度だろうが、一

本の体感では気絶、セックス、気絶、セックスを繰り返しているだけということに変わり

はないからね。むしろ、私が五年に一度では耐えられないというべきか」

 そして、四条にとってのもう一つの疑問。

「一本さんが五年に一度目覚めた時、何か、連れ出して散歩とか、旅行させてあげるとか、

そういうことは無かったんでしょうね」

 答えるべくもない。殺して生き返らせて、また殺す…… 。その意味は、老いさせないと

いうことなのだ。

「リュウノスケくん。一本が『一度目の死』を経験したとき、二十一歳だった。それから

『二度目の死』の前に一か月間子作りをする。百名の女性を相手にして。それはもう、精

力のつくものなら西洋由来から東洋由来から何でも摂取させたさ。二十一歳というのは、

私が聞いたところによると精子がもっとも活発的な年齢だ。だから、彼の体を衰えさせる

わけにはいかない。彼は不老ではない。生命機能が維持されている状態の時ではしっかり

老化しているんだ。だから、散歩や旅行で彼の体を無益に老化させるわけにはいかないん

だ」

 今更、憲法の話をしても仕方ないと四条は天を仰いだ。

「あなたは一九五九年当時、一本さんに恨みでもあったんですか?だって、そんな性奴隷、

子作りマシーンのようなことを…… 」

「それに関しては私にも反論がある。『お父さま』と対になる『お母さま』。『娘さん』

から選ぶこともあるし、外から招く場合もある。彼女たちは男性と愛し合うためではなく、『お父さま』の血を体内に受け入れるためだけに性交渉をおこなっている。五家一本が性

奴隷というならば、リュウノスケくんは女性たちについても同様に性奴隷にしていると、

私を糾弾するべきだ」

 四条は思わず左手を突き出し、小石川との間に壁を作った。

「そ、そんな…… 。連続殺人犯が『俺が殺したけど遺体が発見されてない事件について俺

を罪に問わないのはおかしい』って言っているようなものだ。訳が分からない」

 小石川は手をヒラヒラさせ自分の顔を仰いだ。

「これも、もうろくだ。こんな人間に『お兄さま』は相応しくない。むしろ、倫理観を持

っている君の方が新世紀の『お兄さま』に相応しく思えるよ」 

―― また、「もうろく」だ。「もうろく」と「矛盾」。そればっかり―― 

 二人が階段の踊り場へと歩を進めると、後から自警団員が何人かやって来て、舞踏の間の絨毯の上に青いビニールシートを広げて、床を覆い隠した。大量のタオルと、それから

何かゴツゴツとしたものが入っているらしい大きな黒い袋も。そのあとに、モップなども

持ち込まれる。まるで、部屋全体の洗濯でも始めるかのようだ。

 その光景をチラッと視界の隅に認めた四条は、「これから何か始めるんですか?」と小

石川に聞いた。

「いや。終えるんだよ」

 小石川はかすかに口角を上げた。四条にはその真意は計り知れないが、どうせけむに巻

かれてしまうのがオチだと天井を見上げ、階段へと足をかけた。


【つづく】

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