第二部 二〇一九年
「すべて小説家は、
一部の奉仕者であって、
全体の奉仕者ではない」
(第一五条)
四条竜之助の生命機能が停止されている時に、誰かが見た夢だ。
むろん、この文章を読んでいる時点で四条竜之助の生命機能が回復されないと信じる読者は誰もいないだろうが(いたとしたら大層なひねくれものだ)、とにかくこれは誰かが見た夢…… 。その夢を見たのは、小石川正義かもしれなかったし、五家一本だったかもしれなかったし、あるいは四条竜之助だったかもしれないが、夢は夢。誰かの夢であって、不可侵の領域である。
―― 夢を見た。俺は鏡を見る。その顔は五家一本だった。俺は五家一本と同化したのだ。
それはそうだ。俺には五家一本の血が流れているのだから。
隣を見ると、若い青年がいる。誰だろう?しばらくその顔を眺めていると、「どうした
んだ、カズミチ?」とその唇は発した。声を聞いて分かった。彼は若かりし頃の小石川正
義に他ならない。今では白髪交じりになってしまっているけれど、当時は大映の俳優のよ
うに器量が良かった。
ここは一九五〇年代後半の、とある大学の構内なのである。
「ねえ。ジャス」
「前々から聞きたかったんだけど、何で僕をジャスって呼ぶの?」
それはもちろん……
「正義(まさよし)はセイギ。セイギはジャスティス。だから、ジャス」
前に正義に聞かれた時は、誤魔化したのだっけ。ようやく俺の渾身のネーミングセンス
が披露できて胸が温かい気持ちでいっぱいになった。
俺たちはキャンパス内の庭で木を背景に寄りかかっていた。そこで、イングリッシュの勉強をしていたのだった。俺はもちろん大学なんかには通えるはずもない。だから清掃員の格好だ。清掃員姿の俺がシャツの正義と一緒に座り込んでいる光景は、周りを歩いている学生たちからしたら奇異なものだろうか?そんなことは構いやしない。これは夢なのだ。
正義が木に立てかけてある俺の鞄に手を伸ばした。
―― ダメだ
俺は正義の手をはらったけど、びくともせず、彼はカバンから俺のノートを取り出した。
「人の持ち物を漁るなんて趣味が悪いぞ」
なんで、夢なのに、自由にならないのだろう…… 。
そのノートには俺が書いた小説が載っている。
【つづく】