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■ 解決編 ■

 四条竜之助も、ギャンブルで毒死してみることを選択したわけではなかった。命を賭す

博打狂いではない。もっとも、成人してもパチンコや競馬に興じたことは一度もなかった

四条だ。


 根拠一。

 まず、火葬場の夢である。これは五家一本と共通する事項だ。火葬場の夢は実のところ、

夢ではなく実際に焼かれているのを夢のように認識してしまうという事実誤認らしい。

 本当は、四条竜之助の自殺未遂が、本当に「未遂」だったのかどうかを母に尋ねれば分

かった話なのだが、電話越しで母は、四条竜之助があの時死んだということについて頑なに認めようとしなかった。「あなたは、ちょっと心が疲れている」の一点張り。おそらく、

小石川正義から大金を受け取って口封じされていたのだろう。それが証拠に、おそらく三

上が公安の伝手を使わなければ、四条は母へ電話をかけることすら叶わなかったかもしれ

ない。


 四条竜之助は特異体質者として小石川正義に売却されたのも同然だった。

 それにしても、小石川正義の口から直接真実が明かされなかったことに疑問の余地はあ

る。だが、小石川正義は何でも煙に巻くような話をする人物で、素直に「実は君も特異体

質者なんだ」と言ってくれそうにはなかったけれども。それに、「君は生き返る人間なん

だ」と言われて「はい。そうですか」とはならないだろう。自分で導き出すことこそが重

要だ。


 二つ目。「地」の集会所で四条が五家一本を殺めてしまった時に見た「明けの三日月」

と、小屋の火事の時に見た「二日月」。

 四条は「二日月」を見たときは、「明けの三日月」を見たと思ったのは自分の勘違いだ

と思ったが、自分の目や記憶、感性に狂いはないことを信じてみる立場をとってみた。

「明けの三日月」の次の日に「二日月」が出る道理はない。「明けの三日月」を見た日

と、四条が小石川正義と話をし五家一本を連れ去った日のあいだに数日のブランクが無い

限りは。

 その二つの月を見るためには新月を含む三日以上の日にちが空いている必要があった。

そもそも、見間違いなんてことはない。 ―― 新月の日もその一日前も一日後も、そもそも空に月なんか見えないのだ。二日月の前

の日に空には月は輝かない。その前の日も、その前の前の日も。

 小石川正義は窯が千度に達するのに一日かかると言った。

 つまり、四条は集会所の時点で一度生命機能を停止されたことになる。そして、窯をた

かれ、生命機能が停止してから数日後に窯で焼かれて生命機能が再開した。

 四条は失神したものと思っていたのだが。そもそも集会所のときは小石川が「一度眠ら

せた方が早い」と言っている。眠らせるとは気絶させることではなく、生命機能を停止さ

せることだったというわけだ。

 普通の人間にとっては永眠だが、特異体質者にとってはひと時の眠り。

 もちろん、数日間昏睡状態にあったと言われればそれまでだ。だが、四条竜之助は数日

間も意識不明になった経験は無かった。自殺未遂(結果的には完遂となったが)の時を除

いては。

 就活のために新聞を読むのが習慣になっていたので、自殺未遂(と四条が思い込んでい

た)から小石川正義と対面するまでの間に、数日間とはとてもいえないブランクがあった

ことを四条は思い起こしていた。

 四条竜之助が自殺後に生命機能回復した際、生前は自殺するほどの精神状態だったから火葬場で蘇った直後は心は有って無いようなものだった。けれども、火葬場で強迫観念か

らなのか、どこからか新聞を見つけてきた。自殺をした日と、火葬場で見つけた新聞の日

付に数日間の隔たりがあることは良く記憶に残っている。それ以外は曖昧で、次にはもう

小石川正義と会っているといった塩梅なのだが。自殺から生き返るまでにブランクがあるのは当然だ。四条の母は、息子の死を弔ってく

れるような親類縁者もいなかったけれど、しっかりお通夜と告別式は形だけ執り行った。

そういった類のことを行うのに死亡診断から火葬場へ直行というわけにはいかない。数

日は四条の生命機能は回復されない。

 そして、全国の火葬場には例の合格族由来の御家属のネットワークがあった。小石川正

義から「火葬で肉体が再生されるようなことがあったら、警察でも救急でもなく小石川正

義へホットラインでつなげるように」という指示だ。

 四条の母と火葬場のスタッフ、小石川正義によって、四条竜之助の自殺完遂は自殺未遂

へとすり替えられたのだ。


 三つ目。小石川は最後に「君が二代目になる覚悟を決めてくれなくて残念だ」と言った。

四条は最初、「お兄さま」の「二代目」という意味に受け取った。だが、小石川が本当に

頼みたかったことは「お父さま」の「二代目」という意味だったのではないかと四条は考

えた。しかも、不老不死説の(不老不死説という表現は正しくないわけだが便宜上)。

小石川が最初に主張してきた時の説明による、代替わり説ならば四条が当てはまるのは

「三代目」が正しいのだ。

 つまり、「二代目」というのは五家一本のように特異体質者である者で、「お父さま」

の役を行える「二代目」という他に考えられないのだ。


 四つ目。「御家属」の「属」。四条は、宗教コミュニティならば「ゴカゾク」の「ゾク」

は「族」が適当だろうと思っていた。だが、種族や民族という「族」ではなく、属性を意

味するのだとしたらと考えたとき、特異体質者という「属性」が引き継がれることを小石

川がずーっと探究してきたことは疑いようがなかった。まさに、小石川正義の積年の執念

の成果が四条竜之助そのものだということになる。


 五つ目。小石川は「血を濃くするよりも、薄くした方がいい」と言った。

 四条は、それが何のために「いい」ことなのか考えた結果、「特異体質者を生むために

は良い」という風に受け取った。

 御家属の近親相姦では、五家一本の血は濃くなっていく。しかし、四条に流れる五家一

本の血は四分の一だ。つまり、「一度目の死」「二度目の死」で土葬したあとに燃やすこ

とで実証しているのだろうが、成功例は生まれなかったということになり、奇しくも御家

属の外に置かれた四条竜之助に体質が引き継がれてしまったというわけ。

 小石川正義は、五家一本と同じ体質を持つ者を探すために御家属の組織を維持してきた、

という結論以外に見いだせなかった。

 四条にしてみれば、どれもこれも突飛な話であることは重々承知だったが、五家一本と

いう生き返る者がいる以上、自分もその極々稀なる例外の特異体質者であることに賭けて

みるのは悪くない話だった。もちろん、三上を説得するのに時間はかかったけれども。そ

れでも、四条が切実に、五家一本と年齢差が開いてしまうことが嫌であることを伝えると、三上は条件を飲み、二十年間のあいだ腐敗の進行を遅らせる倉庫で保管してくれたわけだ。

 そして、四条はただ自分が生き返るだけでは計画が成立しないことを覚えていた。二十

年前のもう一つの仕掛け…… 。はたして上手くことが運んでいるかどうか。


【つづく】

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