四条竜之助は二十年ぶりに「地」の中へと「川口」から入場した。長髪をスポーツ刈り
にバッサリと切っている。
「川口」の外の駐車場には三上がここまで乗せてきてくれたセダンがある。五家一本の
体を日本全国に運んだ忌々しい軽トラックの隣に。三上は外で待つことになった。三上と
もう一人の人間がセダンで待った。
四条が二〇一九年にやって来て思ったことは、なんだか世の中の人間という人間が長方
形の少し厚いタバコの箱のようなものをやたらと触っているということだった。三上もそ
うだ。
三上に言わせると「これはですね…… 。まあ、便所の落書きってあるじゃないですか?
あれが自分の家にいても見られる。電車で移動中にも見られる。そういうくだらない機械
です」だそうだ。
四条は、自分はただ死んで生き返っただけなのに、三上も言ったが「タイムトラベラー」
のような気分だった。もっとも、未来へは行けるけれども、過去に遡ることは出来ない。
時代が変わっても自警団員の東南アジアの警官のような制服は変わらない。そのなかか
ら、沼田と名乗る隊長格の四十がらみの男が四条を舞踏館へと導いた。彼とは一緒にマラソンをした仲だと四条は気付く。向こうがどうだかは分からないが。
小石川正義は八一歳。車椅子で生活をしているようだった。
四条は、「川口」から「地」に入ったとき、まず「彼岸」を見たが、窯からは煙が上が
っていた。
前回は、ビニールシートが敷かれ血の海と化した舞踏の間だが、今回はビニールシート
はなく、絨毯の柔らかさを足で感じることが出来る。絨毯の毛がキュッと言った。
「リュウノスケくん。これは、驚いた」
小石川正義は本当に驚いたようだった。
「小石川さん。あなたが素直に僕の体質のことを教えてくれれば、僕は命を賭けにするこ
とはなかったんですがね」
小石川老人は、口周りに生えた白いヒゲを触った。
「そんなこと告げられるはずはない。一本にも出来なかったし。本人がそうだと気付くま
で、私には指摘するなんて真似できやしない」
「利用はするのに?」
四条は、唇を上ずらせた。
「老人をいじめないでくれ。髪もサッパリとして、二十年前より若返って見えるくらいだよ」
「どうも」
「それで話というのは?」
「僕が二代目を引き受けるという話です」
「二代目?だが、沼田という男に会ったろう?あれが私の跡を継いでくれる」
「違います。『お父さま』の二代目です」
小石川老人はカッと目を見開いた。
「本気で言ってるのかね?」
「ええ」
小石川老人は涙を流した。ツーとしわくちゃの頬に液体が垂れていく。
「君が引き受けてくれるのは私にとって最適解だ」
「ただ、その前に、ちょっとだけ『外』に出て別れを告げさせてくれませんか?」
「構わないとも」
【つづく】