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第三部 一九九九年

「気持ちよさそうな寝顔をしてるね」

「死に顔だけどな。こいつは生き返るつもり満々だろうけど、残念ながらこの世に『遺体

の状態なのに燃やされると生命機能が回復する』なんていう特異体質は存在しない。この

小説の■ しばしの別れ ■のところを先に書いていたらしくってまさにお気の毒にだ。もし、その先に続きがあるとしたら生き返って、『自分がなぜ生き返る人間だと気づいたのか』

の理由をご高説してるだろうな。このメモ帳のバインダーの冒頭に持ってきた■ 序 ■って

いういかにも小説風な文章もきっとウキウキで書いたんだろうな」

「じゃあ。死にながら頭の中でまだ小説やってるっていう話ですか?」

「大いにありえるだろう。走馬燈ってのは、命が危険にさらされた時、過去の危機回避経

験を参考に、必死になって直面する危険を取り除こうとする方法を探り出すことなんだそ

うだ」

「何の話です?」

「案外、死ぬ間際になったら特殊な能力が花開くこともあるかもよ、ってな。未来予知と

かな。こいつも、案外、二十年後の未来予知でもしているかもよ?こいつが生き返るとい

う架空の二〇一九年の世界を頭の中で言い当ててるかもよ、ってな」

「二〇一九年かあ。僕には想像もつかないなあ」

「人体ってのは、たとえ心が死を受け入れていたとしても、生命機能を維持させようと必

死で活動するらしい。そういう時に、神秘的な力が働くって話だ。自分は生き返るつもり

満々なんだから。まあ、そんな特殊能力が芽生えたところで、生き返らなきゃ何の意味も

ないがね」

「ノストラダムスもビックリですね。ねえ、小石川センセ。本当に人類は滅亡しないと思

います?」

「小石川センセって、どっちの小石川センセだ?」

「小説に本名が出てきてしまうほうの小石川正義センセですよ。小石川センセのとこに婿

入りした残念なほうのセンセではありません」

「こいつっ」

「まあ。あれは、群集心理の問題であってだね…… 」

「先生。復讐はこんな感じで果たせたんですかね?」

「さあ?それは、息子の気持ち次第だからね」

「勘弁してくださいよ。お義父さん。『四条竜之助を担当することになった』と喜んで僕

に言ってきたじゃないですか。あんなに露骨なそそのかしはないですよ」

「まあまあ。親子喧嘩しないで。二葉(ふたば)さん、ですよね?小石川センセの娘さん

で、残念なセンセの奥さん」

「残念なセンセってなんだ」

「まあ。リュウノスケくんの小説の中でも小石川正義は迷っているけれども。我々も実際

どう復讐したものか常に迷っていたわけで。ねえ」

「お義父さんの前でこんな話はなんですが、二葉はこいつの目の前で、ある女性と関係を

持つよう強要された。で。二葉のほうはそれが恋心に変わってしまったらしい。僕という

夫がありながらと二葉は後悔する。でも、もう僕に心はなく、向こうの女性に行ってしま

っている。こういう場合、怒りは誰に向けたらいい?二葉は相手の女性と、し…… 心中し

てしまったんだからな」

「だから、同性の誰かを愛させたうえで自殺するよう仕向けるなんていうしちめんどくさ

い復讐を?お医者様の考えることは分からないね」

「もちろん。そう上手くいくとは思わなかったさ」

「だけど、僕やあなたがこの小説が書いてあるルーズリーフを持ち出して皆で共有できた

おかげで、四条竜之助の考えは筒抜けに出来た?」

「ああ。同じような説明が何度も出てくる。本当はコピーして原本を戻せばよかったんだ

ろうが、戻すところを見られる危険を考えるとね」

「でも。同じような説明が何度も出てきて、なにか裏があると怪しまれませんかね?」

「いや。むしろ、その方が本当っぽいんじゃないかな。まあ、四条竜之助は、自分の書い

たページが取られていることに気づかずに、自分がまだ書いていないと思って何度も同じ

ような表現を繰り返したわけだが」

「なるほど。たしかに。今まで書いたところと同じことをもう一度書くっていうのは、お

かしな奴がやりそうな感じがしますね」

「指紋はついてないだろうな?」

「ええ」

「なにしろ。この小説が、四条竜之助が自殺をしたという揺るぎようのない証拠になるん

だからな。四条竜之助は、自分は生き返ると思い込んでいる異常者。自殺の理由はそれで

終わりだ。ここまで気がふれたこれだけのメモ帳が残っていれば、四条竜之助が正気じゃ

なかったことを誰も疑わないだろうし、捜査はされない。実名が出てきてるのは主治医の

小石川正義先生だけだしね」

「まあ、脚本が良かったんだろうね」

「『お前は生き返る人間なんだ』と言われて真に受ける人間がいれば苦労しないですから

ね。自分は生き返る人間なんだと世紀の大発見させるように勘違いさせるのは一苦労でし

たよ」

「しかし、最初は君が口説いたのに、まさか彼が飛びついたのは息子の方だったとは皮肉

なものだ」

「勘弁してくださいよ、お義父さん。その役回りのことはもう忘れたいんですから。五家

一本役なんて」

「しかし、二十年後にハタチになっている子供を作りたいと言い出した時は参りましたね」

「クスリとアダルトビデオで何とか誤魔化せたんじゃないか?」

「林で眠らせた時も幻覚剤でしたからね。そういう成分が残ってないといいですが」

「その心配はない」

「それにしても。なんだか、今、四条がこの会話を聞いていて、それすらも小説に盛り込

んでるんじゃないかという気がしてくるね。どうも。四条の小説をずっと読んでたものだ

から」

「四条のがうつって息子センセも、頭がおかしくなっちゃいました?でも。燃える小屋の

中でじっと息をひそめるのも苦行だったんじゃないですか?」

「大変だったのは皆の方でしょう?」

「まあ。四条も気づいていたが、中の小屋を四条が眠っているあいだに燃やして、そのあ

と外壁を建てただけだからな。外側だけ燃えて、中では息子センセが全裸で待っていれば

済む」

「四条は、外からと中からの小屋の大きさの違いに気づいていた。だから、四条じゃなき

ゃ『五家一本は不老不死だ』なんていう誤答は導かない。世の中のトリックは一般向けす

ぎるんだよ。ちょっとココに問題のある者向けのトリックだってあったっていい。トリッ

クは仕掛ける人間の具合に合わせてオーダーメイドでなくては」

「でも。見聞きしたことはほとんどちゃんと覚えてるのに、メモ帳に書いたという行為は

忘れてしまうものなんですかね?どうです、小石川センセ」

「まあ。あえて説明するとすれば、人間は一人では生きていけない。誰かと関わっている

時の記憶は鮮明だけれども、一人で夜に小説を書いている時は他者と関わらない一人きり

の行動だから忘れてしまうという説明はつくだろうね」

「やっぱり、四条竜之助は特殊能力者だったのかもしれませんね。特殊能力者には欠点が

付き物だから」

「脇にボールを挟んで脈を止めるトリックも、真新しいものではない」

「ハイッ。まあ、いいじゃないか。俺たちはこいつの小説の登場人物じゃない。生きてい

る人間なんだ。こいつの小説の解説をする義理はない。長話していたらせっかくの自殺が

台無しだしな」

「あとは頼みましたよ。お義父さん」

「ああ。患者が一人死んだというだけのことだ。ただ、それだけ」


【完】

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