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第28話 何も聞かずに癒やしてくれる天使


「兄ちゃん、大好きだよ♡」


 小春こはると姉ちゃんが付き合っていた事を知り、少なからず混乱とショックを受けていた俺。


 そんな心の内側が声に乗っていたのか、帰ってくるなり希良里きらりが俺にキスをし始めた。

「いいよ。何も考えずに希良里きらりで癒やして。ぶつけていいから」


 希良里きらりの優しさに泣きそうになった。

 無意識に彼女を抱き締めて頭を押さえつける。


 柔らかい感触が覆い被さり、落ち込んでいた気持ちは一瞬で霧散していく。


 癒やしの天使が桃色の吐息を吐きながら体を差し出し、俺の心を癒やしてくれる。


 つまらないことを考えていた自分のわびしさが許されていくような錯覚を覚えてしまう。


希良里きらりぃ……お前って本当に天使だなぁ」

「天使は言い過ぎだよぉ♡ 兄ちゃんが大好きなだけだから」


 俺は少しずつ意識を陶酔させた。

 モチモチの膨らみに顔を埋めて体重を掛けていく。

 もやついた気持ちを癒やしたくて希良里きらりに全てを委ね、抱き締めた身体をソファに横たえる。


 何度も何度もキスを交わし、気持ちの昂ぶりが希良里きらりの慈愛に包まれて癒やされていく。


 あれだけで乱れていた俺の心は、希良里きらりの大いなる愛に包まれて鎮まっていった。


◇◇◇


 希良里きらりの中に俺の全てを注ぎ込み、口付けをかわしながらソファで抱き締め合う。


 負担を掛けないように抱き上げて座り込み、彼女が離したがらないので二人の結合部は繋がったままになっている。


「なあ希良里きらり……」

「うん。言って……。話聞くから」


 さっきは何も聞かないからと言った希良里きらり

 だけど今度は、話を促してくる。


 希良里きらりは全てを包み込むように俺を抱き締め、髪を撫でてくれる。


 そんなあまりにも大きな愛に包まれて、自分がどれだけ素晴らしい女性に愛されているのが自覚していく。


 己がどれだけつまらないことで思い悩んでいたのか考えると、情けなくて涙が出そうになる。


「俺に幻滅するかもしれないよ……」

「いいの。そういうの含めて全部兄ちゃんのこと好きだから」


 まるで慈母のように俺の気持ちを包み込んでくれる。


 俺は先ほどの姉ちゃんとの事を含めて小春こはるとの一連の話を希良里きらりに伝えた。


「好きっていうのは、その人の嫌な部分も、暗い部分も、全部含めて愛するって覚悟だから」


 希良里きらりの言葉に感化され、俺は自分の思いを吐露することにした。


 …………

 ……


「そっかぁ。いきなり見たらびっくりしちゃうよね」


希良里きらりは、小春こはるがレズだってこと知ってたのか?」


「それは私の口からは言えないかな。兄ちゃん、小春こはるちゃんのこと、好き?」


「女性としてってこと?」


「うん」


「でもそれは……」


「仮定の話だよ。私達の事は抜きにして考えてみて」


 希良里きらりはどうしてだか強く真剣なトーンで尋ねてくる。


 その迫力に押されて俺は自分の気持ちを素直に応えた。


「正直なところ、女性として見ていたとは思う。だけど、それを恋だとは気が付いていなかったんだ。俺は有紗ありさ希良里きらりの事が好きだったし、その上小春こはるまで、とは考えないようにしていた」


「ふふ、そっかぁ。兄ちゃん私達のこと大好きだもんねぇ」


「ああ。だから俺は自分の気持ちが不誠実なものだってずっと思ってて、小春こはるのことは考えないようにしてた。だってそうだろ……? 只でさえ二人同時に好きなんて言っている男が」


 弱気な俺の発言を、希良里きらりは否定も肯定もしないでただ聞いてくれた。


 そして優しさに満ちた微笑みで尋ねてくる。


「ねえ兄ちゃん。小春こはるちゃんがファーストキスを捧げたかった相手って、誰だと思う?」


「その口ぶりからすると、希良里きらりは答えを知っているのか?」


「考えてみて……。客観的に、ちゃんと考えて……。兄ちゃんが考えないようにしていた可能性も含めて」


 真剣な希良里きらり。彼女はどこまで分かっているのだろうか。


 だがここまでされて日和るわけには行かなかった。


 俺は一番あり得ない……いや、自信のなさ故に、自己肯定感の低さ故に、きっとあり得ないと思い込もうとしていた可能性を口にする。


「俺……なのかな。でも小春こはるはレズだったわけだし、女性だって可能性も……」


「あのね兄ちゃん、多分それ……答えは身近にあると思うよ」


「え?」


「同じ女だもん。小春こはるちゃんの態度みてたら分かるよ。きっと小春こはるちゃんも兄ちゃんの事大好きだよ」


「そう、だったのかな、やっぱり……だとしたら俺はなんて不誠実な態度をとってたのか……」


「うーん。でもそれはハッキリしない小春こはるちゃんにも責任はあるかな。……ねえ兄ちゃん、もう小春こはるちゃんに直接聞いてみたら? 俺のこと好きかって……」


「え……いやでも……。それを聞いたところで俺にはどうすることもできないし、仮に小春こはるが俺を男として見てくれていたとしても、それに応える事はできない」


「兄ちゃんは小春こはるちゃんと恋人になったら幸せになれると思う?」


「それは、きっとなれると思う。小春こはるは気遣いができるし、俺のことによく気が付いてくれる。料理も上手いし、趣味も合う。今考えれば、俺のことをよく見ていてくれたから、なのかもしれない」


「答え、出てるじゃん♪ それを素直に伝えてあげたらいいんだよ」


「いやいや、待ってくれ希良里きらり。それじゃあ小春こはると恋人になれって言っているように聞こえるぞ」


「そう言ってるんだってば。何のために私達が百合になったと思ってるの?」


「え?」


小春こはるちゃんも同じかもしれないってこと」


「じゃあそれって……」


小春こはるちゃんってさ、男の人が苦手だってずっと言っているんだよ。それでも兄ちゃんの側に居たのはなんでだと思う? どうして兄ちゃんだけは抱き締めたりされても平気だったんだと思う?」


「俺がそのことからずっと目を逸らしてたのか……。守るって名目でずっと」


「それは違うと思うよ。兄ちゃんは純粋な気持ちで小春こはるちゃんを守ってた。それは私達の時だって同じでしょ?」


「そのつもりだ……下心がなかったとは言わないけど……」


「だったら自信持っていいよ。そして、私と有紗ありさちゃんは最初からそのつもりで竿役を提案したんだよ」


「マジなのか……」


「今度の卒業旅行、小春こはるちゃんとしっかり向き合ってあげて欲しいの。兄ちゃんが気が付いてなかった気持ちも含めて、全部考えてからしっかり応えてあげて♡」


 そう言われた希良里きらりとの会話。

 その後、有紗ありさが帰ってきて同じ事を聞いたら、まったく同じ答えが返ってきた。


 だからという訳ではないのだが、俺は今まで気が付く事ができていなかった……。


 いや、自信のなさと希良里きらり達に向けていた感情故に不誠実だと思って、”見ないようにしてきた”感情と向き合うことにした。



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