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第29話 気が付かなかった感情


 週末がやってきた。


 俺達は卒業旅行に男女六人のグループで温泉旅行に行く予定だったのだが、ここでとんでもないトラブルが起きたのである。


「直前になってカップル旅行に切り替えるって……。なんで一言も相談無しに決めてしまうのか……」


 そんな事が有り得るのだろうかというレベルで突然の出来事だったので俺は待ち合わせ場所で途方に暮れていた。


 なんと当日の朝になって、残りの四人がそれぞれカップルになったという。


 それならグループでくる理由はないとして、キャンセルしてきたのである。


 宿泊するホテルは予約を変え、男女別の二部屋の予定だったのがカップルプランの一部屋に変更されており、他の二組は別の宿泊施設をとっているらしい。


 いやしかし、常識的に考えてこんな直前の変更などできるものではない。

 前々から計画されていたに違いなかった。


「あ~……なあ小春こはる……」

「うん……」


 何かを訴える瞳。期待する瞳。

 小春こはるが抱えている感情がどういうものなのか。俺はちゃんと向き合わないといけない。


 小春こはるはレズビアンだった。だけどそれは、元を辿れば俺のせいだったのかもしれない。


 先日の希良里きらりとの会話で、俺は小春こはるに女性としての意識を向けていた事に気が付いた。


自信のなさと希良里きらり達に向けていた感情故に不誠実だと思って、”見ないようにしてきた”感情と向き合うことにした。


「なあ小春こはる。お前さえよかったら、このまま二人で旅行に行かないか?」


「え……っ、そ、それって……」

「嫌か?」


 俺の言葉に小春こはるは大きく首を横に振り、それから満面の笑みを浮かべて腕を絡めてくる。


「嬉しい♪ 本当にいいのッ!?」

「ああ。二人に許可は取ってあるよ……」


「良かったぁ。順平ちゃんと二人きりだぁ♪」


 無邪気に喜び、胸が押し付けられてドキドキが強まった。


 ここまでくるともう、何か仕組まれているような気がしてくる。


 だけど俺は小春こはると向き合うと決めた。


「えっ……、じゅ、順平、ちゃん……」

「嫌か?」


 フルフルと首を横に強く振る小春こはる

 何をしたかと言えば、手を繋いだだけだ。


 旅行カバンを片手に、もう片方で小春こはるの手を握る。


「なあ小春こはる

「うん」

「今日……そうだな、夜になったら……大切な話をしたいんだ」

「大切な……話?」

「ああ。たぶん、俺達が今の距離感で過ごせるのは、今日で最後になると思う。だからさ、ウチの高校でおしどり夫婦なんて言われた俺達の、最後の学生生活を一緒に過ごそう」

「順平ちゃん……うんっ! いっぱい楽しもっ♪」



 多くを語らなくとも、彼女は察してくれた。

 学生生活の全部を心地良い距離感で過ごしてきた俺達の、最後の1日。


 二人だけの卒業旅行が始まった。


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