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第50話 姉ちゃんはどうして俺を好きになったの?


 免許合宿は無事に終え、念願の運転免許を取得した俺達は家へと帰ってきた。


 俺達は希良里きらりの家ではなく、自分達の実家へと戻り、母ちゃんに真相を聞くことにした。


「ただいま母ちゃん」


「お帰り順平、花恋かれん。免許は取れた?」

「ああ。無事に全員合格できたよ」


「そっか、おめでとう~」


「母ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだ」

「どうした改まって」


「姉ちゃんと俺は、義理の姉弟なのか?」


「イエース正解っ! 花恋かれんは養女なんだな~。高校卒業したら伝えるつもりだったけど、姉ちゃんから聞いたの?」


「随分軽いね。まあ実際そんなに驚いてはいないけど」


「だろうね。花恋かれんはね、知り合い夫婦の子供なんだ。お前が赤ん坊の時に引き取ったのさ」


「なるほど……」

「……」

「……」


 母ちゃんは話は終わったとばかりにおやつをムシャムシャと食べ始める。


「え、それだけ?」


「別にそれ以外なにもないよ。残念ながら養女なのは姉ちゃんの方でお前じゃない。だから親子丼ルートはないよっ! 残念だったな小僧ッ!!」


「気色悪い事抜かすなよ……。一体なんの話をしとるんだ愚母めが」


 母親とそんな事になるなんてホラー案件でしかない。


 姉ちゃんは可愛いが母ちゃんとなんて考えるだけで怖気おぞけがするわ。


「まあアレだ。姉ちゃんはお前が大好きだからちゃんと向き合ってやれよ」


「えっ、なんで母ちゃんがそれ知ってるんだ」


「だって姉ちゃんがあんまり順平のこと好きすぎるから早めに教えてやったんだもん。姉弟愛のことでうつになりそうだったからな」


 姉ちゃんそこまで悩んでたのか。豪気に見えても実際はナイーブなんだよなぁ。


 さて、おちゃらけた話し方をする愚母の話はウザくて長いので聞き出した情報をまとめるとしよう。


 いわく、姉ちゃん・花恋かれんはウチの母ちゃんの友人夫婦の娘である。


 事故で亡くなった両親の代わりに引き取ることになった。


 ということらしい。


 乳飲み子だった姉ちゃんを引き取った時には既に俺が生まれていたので姉弟として育てたわけだ。


 以上である。なにかドラマチックな展開になるかと思いきや、別にそんな事はなかった。


 母が終始明るく話すので悲壮感は全然ないし、姉ちゃん自身もとっくに受け入れているから何も問題は無い。


 むしろ、血のつながりがないことによって俺への感情に納得がいったと、姉ちゃん自身は言っている。


 ◇◇◇◇◇


 母の話が終わり、俺は姉ちゃんと二人きりで部屋に戻った。

 今日は久しぶりに自分の部屋で寝ることになったが、俺の膝には姉ちゃんが乗っかり、「頭を撫で撫でしろ」とのご命令を受けたのでそうしている。


 姉ちゃんは俺の胸板に頭を擦りつけながら甘えてくる。


 傍若無人な暴君である樋口花恋かれんという女性は途轍とてつも無い甘えん坊なのだ。


 感情のコントロールが下手で、他人に、特に好きな人に対して自分の気持ちを表現することができない超絶ツンデレさんだった訳である。


「初めて順平を男だって意識したのは……小春こはると出会ったその時だったよ」


「あの時か……」


 小春こはるとの出会いは姉ちゃんと一緒に歩いて居る時に小春こはるをナンパから助けた事がきっかけだ。


 ◇◇◇◇◇


 あれはもう6年近くも前の話になるんだな。


 俺は中学1年。姉ちゃんが2年の時の事。学校帰りに二人で歩いていると、同じ中学の制服を着た女の子が男達に囲まれている場面に遭遇した。


『姉ちゃん、あれナンパじゃないか? 女の子怖がってる』


 その時に一瞬の迷い無く走り出した俺を見て、姉ちゃんは初めて俺を男だと意識した。


 たったそれだけの事であるが、あの頃の俺はまだ道場の中でかなり弱い方だったから大人の男を相手に喧嘩できるほど強くもなかったし、勇気がある方でも無かった。


 でも小春こはるが同じ中学の制服を着ているのを見て、そこから逃げる自分が許せない……そんな思考が頭を駆け巡り、次の瞬間には走り出していた。


 結局ナンパ男達を撃退したのは姉ちゃんであり、俺はぶん殴られてその場に無様な格好でうずくまってしまうという醜態しゅうたいをさらしたに過ぎない。


 かっこ悪いにもほどがある……が、実は姉ちゃんと同じく、小春こはるもその瞬間に俺を男として意識していたと聞いている。


 姉ちゃんの中で、それまでの俺は自分より弱いナヨっちい奴でしかなく、あくまで弟であり庇護の対象であった。


 だが、自分よりも素早く女の子を助けるという選択をした俺を見て男であると意識することになったのだ。


 小春こはるを見た瞬間に怖がっている女の子にヘラヘラしながら行く手を阻んでいる男達に対する怒りや、困っている女の子を助けなきゃという気持ち。


 でも怖いという感情もあって……。


 だけどなにより、それを助けない選択をした自分を、俺は絶対に許せないだろうって気持ちが一気に噴き出して、気が付いたら男達の間に割って入っていた。


 後悔したくなかったんだ。だから迷わなかった。


 自分でもあれだけ迷い無く勇気ある行動ができたのは、それまでの人生で初めてだった。


 姉ちゃんはそんな俺を見て、初めて俺を勇気ある男だと認めてくれたのだろう。


 いわく、その時はまだその感情が恋愛のそれだとは思っていなかった。


「だけどさ、その頃から順平、どんどん男らしくなっていったんだよな……」


 姉ちゃんの瞳が俺を見上げる。真っ直ぐに見つめるその視線に吸い寄せられるように、俺はその唇に吸い付いた。



「でかくなっていく順平が、どんどん好きになっていった。変だよな……。それまで弟だって意識しかなかったのに……」


 ウットリと見つめる眼差しは恋する乙女のそれそのものだ。


 姉ちゃんが愛おしい。そんな感情が強くなる。


 胸板に擦りつけてくる頭がこそばゆい。


「デッカいよなぁ順平の身体……。あたしさ、いつも順平のこと目で追ってた。道場でどんどん強くなっていく順平を見て、いつしか男として見てる自分に気が付いたんだ」


 だが姉ちゃんにとってそれは苦悩の始まりでもあったのだ。


 なにしろ俺は血の繋がった弟。当時はそう思っていただけに、その感情が許されない事だと信じて疑わなかった。


 俺に悟られないように当たりがキツくなり、ついつい悪態を突いて暴力的になってしまう自分に自己嫌悪するようになったらしい。


「そんで、小春こはると付き合うようになったきっかけはなんだったんだ?」


「うん……。あの出会いからずっと、小春こはるとは仲良くしてたのは知ってるよな?」


「ああ」


 姉ちゃんと小春こはるは親友と言えるレベルで仲が良かった。

 こんな性格だから男女ともに怖がられるか、媚びられるかのどっちかが多かった。


 でも小春こはると知り合ってからは姉ちゃんの態度は柔らかくなり、友達も増えるようになっていったのを覚えている。


小春こはるはさ、自分じゃ全然自信が無いとか言ってるけど、実際は人の痛みが分かる凄いヤツなんだよな」


「ああ。それは分かる。小春こはるは包容力があるっていうか、側に居ると心安らぐことが多かったよな、昔から」


 料理は上手いし、優しいし、包容力があるし、何よりアイドル顔負けの容姿に胸がデカい。


 男が惚れない要素がどこにもないのだ。


 加えて惚れた相手には一途で、母性も強い。俺もすっかりやられてしまった。


「うん。だからさ……きっと将来順平を取り合うことになったときに勝てないって思ったんだ。その頃には小春こはるもどうしようもないくらい順平の事が好きだって気が付いてた……だから」


 だから、小春こはると俺を取り合うことがないようにして、なおかつ自分も傷付かないようにするにはどうしたらいいか。


 そのように考えるようになったらしい。


 順番を整理しよう。


 小春こはるを助けた時、姉ちゃんは初めて俺を男だと認識した。

 その時点ではまだ恋愛感情だとは思ってなかった。


 身体が成長していく俺を見て、徐々にその気持ちが強くなっていく事に気が付いた。


「道場の交流試合でさ、向谷むかいだにってヤツと戦った時あったろ?」

「ああ、あの人か。すげぇ強かったよな」


 向谷ってのは他流試合をした時に相手チームの大将戦で戦った男だ。


 違う学校の俺と同じくらいデカい男で、めちゃくちゃ強かったのを覚えてる。


 今ではいいライバルだが、当初は才能を笠に着たすげぇ嫌な奴だったな。


 試合の最中に応援に来ていた有紗ありさ達を口説こうとしていたので激闘の末にぶちのめした。


 余談だが……向谷はその試合をきっかけに才能にかまけていた自分を見直すことができた、と言って感謝されることとなり、それ以降は互いに強さを切磋琢磨するいいライバルになっている。まあそんなに頻繁に連絡を取っているわけではないけど。


「あの試合の順平、すげぇ格好いいって思ったんだ……。戦ってる順平の姿見て……、その……」


 姉ちゃんはもの凄く恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らしてしまった。


「すげぇ、濡れた……その日から、順平オカズにしてオナニーが止まらなくなっちゃったんだ」


 まさかのカミングアウトである。少し前の俺だったら戸惑いの方が強かったかもしれんが、今はそんな姉ちゃんを可愛いとすら思える。


 それが俺が中学2年。姉ちゃんが中学3年の頃だ。


 その後、俺を完全に男としてしか見られなくなった姉ちゃんは思い悩むようになる。


 そしてそれを見かねた母ちゃんが養女であることをカミングアウトしたという流れらしい。


「順平と恋をしていいんだって知ったとき、あたしの中に二つの感情が生まれた。順平と恋をしたいって気持ちと、他の子に取られたら取り返しが付かないって焦り」


 そしてその相手はもっとも身近な人物。小春こはるだった。


小春こはるが順平を好きなのは誰が見ても明らかだった。お前は有紗ありさ達に夢中だから気が付いてなかっただろ」


「お恥ずかしい限りだ」


「でも、結果的にそれが私に今回の計画を思いつかせるきっかけになった。だから私は本心を隠して小春こはるに告白したんだ。 『私はレズだから付き合って欲しい』って」


「姉ちゃんは実際レズだったのか? 予想だけど、本当は違ったんじゃないか?」


有紗ありさ達と一緒さ。あたしは順平を取り合わないために、『レズになった』んだ」


 俺を取り合わない為にレズになる。その意味について、姉ちゃんは語り始めた……。


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