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2章 新たな夜明けと挑戦の予兆

第14話:成功の余韻と、かすかな不協和音

東京、きらびやかな高層ビルの20階。ガラスの窓には、まだ午後の柔らかな光が差し込んでいた。オフィス「スターライト企画」は、先日の大型イベント「絆の連携作戦 - Connect & Create」の大成功に沸き立っていた。まるで祝祭の後のように、社内にはどこか浮き立つような高揚感が漂っている。


私の名は佐藤ハルカ、26歳。入社3年目のプランナーだ。カラフルなシャツにスニーカー、オレンジのヘアピンをつけて、今日も“ピピッ”と働いている。私の武器は、誰にも見えない【直感センサー】。それが今、成功の喧騒の中に、かすかな違和感を捉えていた。


「ハルカ君、リョウ君、そしてチームの皆さん! 本当によくやってくれた!」


社長の声が、会議室に響き渡る。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

「今回のイベントは、スターライト企画の新たな歴史を刻んだと言っても過言ではない。これからは、『絆』を当社の企業理念の核とし、さらに大きな社会貢献を目指していく!」


社長の力強い言葉に、私たちチームは深く頷いた。リョウ先輩は、いつものように冷静な表情のまま、

しかしその瞳の奥には確かな喜びが宿っていた。クールな彼が、この成功をどれほど心待ちにしていたか、私は知っている。


「絆、ですか……」


誰かがぽつりと呟いた。その声に、私の直感センサーが“ピピッ”と反応する。社長の言葉に熱狂する社員たちの中に、ちらほらと冷めた視線を送る者たちがいる。

彼らの顔には「夢物語だ」「現実的ではない」という感情が読み取れた。

それは以前、タナカ役員の不正を察知した時のような明確な悪意ではない。もっと複雑で、モヤモヤとした人間の感情の混濁。焦り、不安、そして疑念が絡み合っているような感覚だった。


イベントの成功後、タナカ役員とサカモトには厳正な処分が下された。

彼らが去ったことで、オフィスから直接的な淀みは消えた。

しかし、長年培われた不信感や、彼らのような存在を生み出した会社の体質が、すぐに消え去るわけではない。

私の中で、センサーが小さく、しかし確実に警鐘を鳴らしている。


その日の午後、チームのデスクに戻ると、ミサキが挨拶にやってきた。


「皆さん、改めまして、よろしくお願いします。皆さんのチームの一員として、頑張ります」


彼女は深々と頭を下げた。以前の憎悪や屈辱の表情は消え、どこか緊張した面持ちだった。


「ミサキさん、ようこそ! 力を合わせていきましょうね!」

私が笑顔で応じると、リョウ先輩も軽く頭を下げて彼女を迎え入れた。


ユウトも明るい声で「困ったことがあったら何でも聞いてくださいね!」と声をかける。


表面上は歓迎ムードだ。


しかし、私の直感センサーは、ミサキを複雑な目で見ている社員たちの視線を感じ取っていた。

デスクの向こうで、古参の営業社員がひそひそと話しているのが聞こえる。

「本当に改心したのかね」

「また何か企んでいるんじゃないか」。

彼らの言葉は直接耳に入らないが、その感情の波が、私のセンサーに嫌なざわめきを送る。


ミサキ自身も、その視線を感じ取っているようだった。彼女は与えられたデスクで、黙々と資料に目を通している。私が声をかけようとすると、彼女は顔を上げ、ほんの少しだけ顔をこわばらせた。チームに貢献したい気持ちと、過去の重荷に苦しむ葛藤が、彼女の表情から読み取れる。


午後の休憩時間、ミサキが作成した会議資料に目を通していたリョウ先輩が、ふと顔を上げた。


「ミサキさん、このデータ、少し前のものですね。最新版はこちらにありますよ」


彼は冷静に指摘し、正しい資料の場所を告げた。

ミサキは「あっ……すみません」と小さな声で呟き、慌てて新しい資料を取りに行った。


その時、近くのデスクの女性社員が、小さな声で隣の同僚に話しかけているのが聞こえた。


「やっぱり、まだダメね。あんなミス、普通しないわよ」


私の直感センサーが“ピピッ”と反応する。

それはミサキのミスを指摘しているのではなく、彼女の存在そのものへの不信感から来る言葉だった。


些細なミスが、過剰に拡大解釈されている。ミサキが資料を提出しても、誰かが内容を再確認したり、会議での発言に対して誰も反応しなかったり。そういった無言のプレッシャーが、社内のあちこちに張り巡らされている。ミサキの表情には、孤立感と、どこか諦めにも似た影が差しているように見えた。


(ミサキさん……)


私は、彼女の心の奥底にある深い孤独感と、それでも前向きに頑張ろうとするかすかな希望の光を捉えた。タナカ役員の時とは違う。彼女は、本当にやり直そうとしている。私の直感センサーは、そう確信していた。


その日の業務を終え、私はいつものように喫茶店ルナへ向かった。ナツミ姉の淹れるシナモンラテは、私の心を癒してくれる。


「ねえ、姉さん。最近、なんだかピピッとしすぎて、頭がパンクしそうだよ」


私はカウンターに突っ伏し、正直な気持ちを吐露した。成功の余韻に浸る間もなく、社内に漂う複雑な感情の波に、私のセンサーは疲れ切っていた。


ナツミ姉は、何も言わず、温かいラテと私の好きなクッキーをそっと目の前に置いた。


「ハルカのピピッは、色々な人の心の声を聞いてるってことだよ。疲れるのは、それだけ一生懸命だからさ」


ナツミ姉の優しい声に、張り詰めていた心が少しだけ緩む。


「でも、なんだかモヤモヤするんだ。みんな、社長の『絆』って言葉に賛同してるはずなのに、どこかぎこちないっていうか……」


ナツミ姉は、温かいカップを両手で包み込みながら、穏やかな口調で言った。


「あのね、ルナに来るお客さんにも、色々な人がいるけど、一番大切なのは、ちゃんとその人の話を聞いてあげることなんだよ。言葉にできないモヤモヤも、聞いてあげるうちに、きっと本音が見えてくる。ハルカの直感も、相手の心の声を聞いてるってことなんじゃない?」


ナツミ姉の言葉が、疲れた私の心にじんわりと染み渡る。


そして、私の直感センサーに新たな光を灯した。

そうだ、これは「絆」を深めるための第一歩だ。

見えない感情の波の奥にある、それぞれの「心の声」に耳を傾けること。


それが、本当の「絆」を築くための始まりなのかもしれない。


(つづく)

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