目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3話 共闘の兆しと、初めての仲間たち

 村の宿舎……といっても、質素な木造の小屋にすぎなかったが、その一室で、悟はアカネと並んで床に座っていた。

 窓の外では、子どもたちが畑を駆け回っている。武器も持たず、笑い声をあげながら。


(油断してる……いや、これが“平和”ってやつなのか?)


 悟は頬をかすかに引きつらせた。

 敵がどこから襲ってくるとも知れないというのに、この無防備な日常。

 それは、軍人として育った彼にとって、あまりにも異様な光景だった。


「ここは、本当に……戦場じゃないのか?」


(うん。カリナ村は、森と共に暮らしてる。おそわれることもあるけど、戦ってばかりじゃないよ)


 アカネが語る“普通”は、悟の世界では“隙”だった。

 しかし……


 ドォォン!


 突如、遠くで爆音が響いた。

 地鳴りが走る。子どもたちの悲鳴が上がる。

 悟は即座に立ち上がり、外へ飛び出した。


 森の端、見張り台が炎に包まれていた。


「敵襲――か!?」


(サトル、村の人たちが、こわがってる! たすけて……!)


 悟は迷わずアカネに跨り、村の中央へ駆け出した。

 村人たちは混乱しながらも、弓を手にしたり、柵を補強したりと防衛に動いていた。


 その中に、一際目立つ姿があった。

 長い銀髪を風になびかせ、背中に大弓を背負った獣人の少女。

 落ち着いた動きで、的確に指示を飛ばしている。


「お前が……ここの戦力か?」


「誰だ、お前は……新参の……“外の者”か。構ってる暇はない。もし手があるなら、南門へ行け」


「了解した」


 迷いはなかった。

 悟は敵がどこから来ているのか、地形を確認し、動線を即座に読み取る。

 そしてアカネに指示を飛ばす。


「アカネ、左の小道に回り込んで、後方から突け! 俺が前を引きつける!」


(わかった、まかせて!)


 飛べなくても、アカネの俊敏さは武器になる。

 悟が前方から囮となり、敵、それはまたもや瘴気を纏った魔物たちだった……を誘き寄せる。


 弓の少女が援護に入り、背後から正確無比な矢を放つ。


(……あいつ、上手い)


 同時に、背後から豪快な剣撃が魔物の腹を切り裂いた。

振り向けば、大柄な男。鋼の大剣を振るう人間族の青年がいた。


「まったく、こんな時に見知らぬ奴まで……だが今は、戦え!」


 さらにその横で、異様な輝きを放つ魔法陣を描くエルフの少女が叫んだ。


「焼き尽くしなさい、雷精ライセル!」


 雷鳴のような閃光が地を走り、魔物が吹き飛ぶ。

 それは、三者三様の戦い方。

 だが一体感があった。戦う意味を共有しているからこそ。


「……まるで、航空隊の連携みてぇだ……」


 気がつけば、悟も自然とその陣に溶け込んでいた。


 戦闘の終息は、思いのほか早かった。

 すべての魔物が倒れた頃、村の者たちは安堵の息をついた。


 剣士の男が、悟に歩み寄ってくる。


「お前、戦い慣れてるな。どこで鍛えた?」


「……軍、だ」


「ぐん? 聞いたことねぇな、そんな部族」


「そうだろうな……」


 互いの文化も、言葉も、考え方も違う。

 だが、この瞬間だけは、共に命を賭けて戦った……それは、揺るぎない“事実”だった。


 エルフの少女が興味津々と悟を見上げる。


「あなた、ちょっと変わった心をしてる。でも、それがまた面白いわ」


 アカネが、悟の足元にちょこんと座る。


(サトル……これが“仲間”ってやつ、かな?)


「……ああ、まだ信じきれないけどな」


 そう答えながらも、悟の心には、今までなかった熱が芽生えていた。

 “敵”でも“味方”でもない、もう一つの関係。

 それが「仲間」と呼ばれるものだと、悟はまだ理解できないまでも、感じ始めていた。


**♪


 村に平穏が戻ったのは、日がすっかり沈んだ頃だった。


 戦の後片づけが一段落すると、村の広場には焚き火が焚かれ、軽い食事と酒が振る舞われた。

 とはいえ、それは祝勝というよりも、無事を感謝する小さな慰めのような場であった。


 悟は火のそばに腰を下ろし、黙々と干し肉を噛んでいた。

 傍らにはアカネ。仲間となった三人も、彼の近くに腰を下ろしていた。


「で、神崎とかいう変わった名前のあんたは、一体どこの出身なんだ?」


 大剣を背負った人間族の青年“ライガ“が、肉を齧りながら訊いてくる。


「……遠い国だ。ここからは想像もつかないぐらい、な」


「ふぅん。戦い方を見てると、ただの旅人には見えねえ。お前、戦士の匂いが染みついてる」


 ライガの言葉に、弓使いの獣人少女“セナ“が冷ややかに続けた。


「戦士というより、殺し屋かもね。あの手際……まるで敵を“生きた存在”として見ていなかった」


「……敵は敵だろ」


 悟は、何の感情も乗せずに言った。

 それが、彼にとって“当たり前”だったから。


 だが、その言葉に反応したのは、エルフの少女“ティア“だった。


「あなた、戦いが終わったあとに、魔物の亡骸をじっと見ていたわね」


「……確認しただけだ」


「違う。あれは“殺した実感”を確かめる目。……あんまり好きじゃないわ、そういうの」


 悟はティアの視線を正面から受け止めた。

 彼女の瞳は、どこか痛ましさを湛えていた。


「お前たち、何を甘いことを言ってる。あいつらは敵だ。何もせずに放っておけば、村の人間を殺していた」


「だからって、無慈悲に叩き潰すのが正しいっていうの?」


「……命を奪う覚悟もない者が、戦場に立つべきじゃない」


 焚き火の炎が、悟の目に紅を灯す。

 その言葉の一つ一つが、まるでかつて教官に叩き込まれた教えをなぞるように冷たい。


 一瞬、場に沈黙が落ちた。


 そして、セナが静かに口を開いた。


「……あなた、どこかで“死ぬこと”に意味を求めてるわね」


「…………」


「まるで、死ぬために戦ってるみたい」


 悟の眉がピクリと動いた。


(“死ぬために戦う”……それが……間違いなのか?)


(サトル……)


 アカネが小さく悟を見上げる。だが、何も言わない。

 その静けさが、逆に悟の中にある“動かせない何か”を、じわじわと照らし出していく。


 その夜、悟はひとり、焚き火のそばで眠らずにいた。


 誰もが眠りに落ちた村の夜。

 遠くで獣の声が鳴く。

 それでも、火は燃えている。


 悟は、ふと上着の内ポケットをまさぐった。


 そこにあるはずの……あの手紙。


《本日、私は憎っくき米艦に特攻します。

 その際は良くやったとあなたの息子を褒めてやってください。

 日本のため、天皇陛下のため、そしてお母さんのために、私は行きます。

 出来るなら一目お会いしとうございました。》


 それは、彼にとって“死に向かうことこそが正義”であるという証だった。


「……今の俺は、間違っているのか? 生きてることが、罪なのか……?」


 誰にも届かない問い。だが、アカネだけは隣で目を開けていた。


(サトル……ぼくは、サトルが生きてるの、うれしいよ)


 その声に、悟はかすかに目を細めた。

 言葉にならない思いが、炎の揺らぎに溶けていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?