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第10話 商人と剣士と、紅蓮の街

 悟とアカネは、村の人々に見送られながら、小さな旅立ちの一歩を踏み出していた。

 空は快晴、風は心地よく、道は緩やかな丘へと続いていた。


(サトル、ぼくたち、ほんとうに“たび”してるんだね)


「ああ。俺も、ようやく実感してきた。なんだか妙に足が軽いよ」


 アカネはふわりと舞い上がり、悟の周囲をくるりと一周してから再び近くの地面に降り立った。

 その体は、飛行こそできるが、悟を乗せて飛ぶにはまだまだ小さい。


 だが……その軽やかな跳躍と翼の音は、確かに“風”を掴んでいた。


***


 目的地は、「フォルティナ」と呼ばれる紅煉石の採掘で栄える交易都市。

 ライガたちから得た情報によれば、この街は旅人や傭兵、商人たちが集まる自由都市であり、様々な情報と人材が流れ込む“文明の交差点”だという。


「この目で“国”を見てみたいと思ったんだ。……日本とは違う、“民が平和に暮らす国”ってやつを」


(それって、“にほん”がそうじゃなかったってこと?)


「……昔は、そうだったかもしれない。でも、俺がいた時代は……」


 悟は言葉を濁した。


 その時、道の先から二人組の影が現れた。


 一人は軽装の青年、薄汚れた外套に、鋭い目つきの男。腰には細身の剣。

 もう一人は、小柄な女商人。背には大きな背負い袋、手綱を引く荷車にはいくつもの木箱が積まれていた。


「……おや。見慣れない顔だな」


 剣士の男が目を細めた。


「この辺りじゃ珍しい旅装束だ。どこから来た?」


「……ちょっと遠くからな。街へ向かってるところだ」


 悟は、油断なく答える。

 アカネは、悟の足元で警戒するように翼を小さく広げた。


「落ち着いてよ、旅の人」

 女商人がにっこり笑う。


「私はカレン、この荷車の主よ。隣のは護衛のヴェルっていうの。フォルティナまで行くなら、一緒にどう? 道は一本道だけど、物騒なこともあるからね」


(さとる……どうする?)


「……悪いが、世話になる。街のこと、聞きたいこともあるしな」


 こうして悟たちは、初めての“異世界の旅人”たちと道を同じくすることとなる。


 道中、カレンはこの国の通貨や交易、魔物の出没事情まで色々と語ってくれた。


 フォルティナには、王国の直轄騎士団の支部もあるらしく、「空の汚染」に備えて哨戒も強化されているという。


「最近は空の瘴気のせいで、空路を使う飛竜も減ってるわ。私たちは地道に“足”で運ぶしかないけど……あなたの連れの小さな竜さん、珍しいわね」


(……ぼく、ちいさくないもん)


「こいつは“アカネ”。頼れる相棒だよ」


 悟はそう言って微笑んだ。


 ヴェルは、そんな悟をちらりと一瞥し、興味深そうに尋ねた。


「剣を持っているが、剣士か?」


「いや、元は“空”の兵隊だった。けど、今は……旅人さ」


「“空”の兵隊……?」


 その言葉に、ヴェルの瞳がほんのわずかに揺れた。

 だが、すぐに無表情へ戻る。


「フォルティナには、空を汚す者たちの噂もある。“瘴気の商人”と呼ばれる連中だ。気をつけろよ、旅人」


 悟は静かにうなずいた。


 フォルティナ、その名の通り、運命を試す街。


 まもなく、その街の赤い城壁が、地平線の彼方に姿を現した。


 赤い石で築かれた城壁

 フォルティナの姿が地平線に現れたとき、悟は思わず息を飲んだ。


「まるで……要塞みたいだな」


(……これが、“くに”ってやつ?)


「いや、“国”はもっと大きい単位だけど……これは、その一部、だな」


 門は巨大で、馬車や旅人が列を作っていた。

 だが兵士たちの目は鋭く、特に“獣人”や“飛竜持ち”には念入りな検問が行われているようだった。


「緊張感があるな。普通の街じゃなさそうだ」


 カレンが悟の横で笑う。


「ここは王国でも軍需を担う街。鉱石と武器、そして……秘密の流通もね」


「……秘密?」


「ふふ。商人の口は重いものよ。今は、無事に入城することを考えましょ」


 門番に通行証を見せるカレンとヴェル。

 悟たちは“同行者”として扱われ、無事に通過することができた。


「ふぅ……」


(ねえサトル、なんかここ、空気が“ひくい”……)


「瘴気か……いや、もっと別の“圧”だな。ここは、戦場の匂いがする」


***


 街の中は賑わいと混沌に満ちていた。


 香辛料の匂いが鼻を刺し、路地では楽器の音が響く。

 屋台では焼いた肉や果物、魔道具のパーツまで売られていた。


 しかし、どこか“陰”がある。

 路地裏に潜む視線、物騒な武器を抱えた男たち。


 ヴェルが低く言った。


「ここには“瘴気を売る者”がいる。空を汚す“闇の商人”だ。噂だがな」


 悟の眉がわずかに動いた。


「闇の商人……それは“瘴気”そのものを操るってことか?」


「俺も詳しくは知らん。ただ、最近ここでは“飛竜が病に倒れる”“空の使いが落ちた”なんて話が頻発してる。原因は……空気そのものにある、と言う者もいる」


 悟はアカネを見やった。

 小さな竜は、彼の隣でじっと耳をすませていた。


(ぼく、だいじょうぶ。サトルがそばにいるから)


「……ありがとうな。俺も、お前がいるから立っていられる」


***


 その日のうちに、悟たちは街の安宿に泊まることになった。

 カレンたちとは一度ここで別れることになる。


 宿の部屋に入り、剣を壁に立てかけた悟は、深く息を吐いた。


「……この街には、何かがあるな。空の瘴気、闇の商人、騎士団、鉱石……」


(サトル、これからどうする?)


「調べよう。俺たちがこの空を飛ぶためには、この街の“闇”を知らなきゃならない」


 その時……


 ドンドンッ!


 激しいノック音が部屋を揺らした。


「開けろ! 騎士団だ! 旅の者、即刻の応対を求む!」


 悟とアカネが顔を見合わせた瞬間、ドアが激しく叩かれた。


(……きしだん!?)


「何が起きてる……!?」


 悟は剣を手に取り、ドアに向き直った。


 その先には、また一つの“真実”が待っていた。


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