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第12話 騎士団の選択、空のために剣を取るとき

「……では、今夜の密売現場で瘴気結晶を破壊し、敵性存在と接触したと?」


 王都派遣の監査官にそう問われたのは、翌朝のことだった。

 フォルティナ騎士団本部、重厚な石造りの作戦室には、いくつもの階級章をつけた軍服の男たちが集まっていた。


 悟はその中央、無地の服のまま立たされていた。


「はい。闇の商人らしき者が現場に現れ、瘴気の結晶を回収しようとしたため、これを排除しました」


「……違反だ。お前の立場はあくまで“協力者”だぞ。独断行動は軍規違反にも相当する」


「悪いが、俺は“軍人”じゃない。協力者であっても、“空の敵”を見て黙っていられるほど鈍感じゃない」


 会議室に緊張が走る。


 だが、椅子に深く腰かけていたレイ・フェンリールがゆっくりと手を上げた。


「彼の行動は適切だったと、私は判断する」


「隊長、それは……」


「瘴気の流通が事実である以上、現場での迅速な対応こそが重要だ。現に、倉庫に残された瘴気の痕跡は危険な濃度を記録していた。あれが街中に広まっていたら、数百人単位で空気障害が発生していたかもしれない」


 重々しい沈黙の後、監査官の一人が唇を噛みながらつぶやいた。


「……ならば、“特別協力隊員”として登録するのはどうか。彼に正式な立場を与え、王国の保護下で動かせるようにする」


「異論は?」


 しばしの間、誰も手を上げなかった。


「決まりだ。神崎悟、お前を“空の守護隊・特別協力員”として任命する」


 悟は一歩前に出ると、静かに敬礼のように頭を下げた。


「……任された」


(すごい……サトル、すごいね!)


 控室に戻ると、アカネが思いきり飛びついてきた。

 小さな身体ながら、喜びをいっぱいに震わせるように尻尾を振っている。


「……まぁ、何にせよ“空の敵”に近づける立場が手に入ったってわけだ」


 悟は風鋼の刃の柄に触れ、アカネの小さな背中を一瞥した。


「さて……次は、“空の敵”の本拠地を暴き出す番だな」


(うん、ぼくも一緒に戦うよ)


 小さく鳴いたアカネが、彼の横に並ぶように歩き出す。


 特攻を誇りとしていた過去の少年が、今は“生きる意味”を知り始めている。

 その隣にいるのは、かつての機体よりもずっとあたたかく、確かな命だった。


(これからどうする?)


「まずは“黒翼の男”の情報を集める。あいつは、俺たちの“空”にとって最大の脅威になる。……そして、次に出会った時は、必ず、斬る」


 アカネは小さく鳴き、悟の横に並ぶ。


 かつて死を覚悟し、特攻の操縦桿を握っていた少年が、

今は、生を選び、“空”を護るために剣を取る。


 その背中に、小さな竜の熱が寄り添っていた。


***


 フォルティナの北東、瘴気の流入源と目される旧領地跡〈セリオ砦〉。

 そこはかつて、王国の前線基地だったというが、今では瘴気に侵され、立ち入りを禁じられた“灰の砦”として忘れられていた。


「……ひどい有様だな」


 砦の外壁はところどころ崩れ、地面には黒ずんだ蔦のようなものが這っている。

 その蔓は、まるで生き物のように風に揺れては、腐敗した呼吸のような音を立てていた。


(……ここ、空が苦しんで


 アカネが羽を縮め、身を小さくする。


 悟は周囲を警戒しながら、砦の中へと足を踏み入れた。

 瓦礫の合間から、かつての生活の痕跡……折れた剣、焦げた手紙、風化した木造家具が散乱している。


 だが、そんな廃墟の中心。

 ひときわ開けた中庭に、それは咲いていた。


「……桜……?」


 そうとしか言いようのない花だった。

 ひと目で“日本”の風景が脳裏によみがえった。


「霞ヶ浦……予科練の桜並木……」


 かつて飛行予備学生として訓練を受けた地。

 春、ほんの一瞬だけ花を咲かせるあの淡い光景。

 それが今、異世界の瘴気に包まれた砦の中心に、確かに咲いていた。


 悟はふらふらと近づいた。

 その瞬間


 バサッ!


 空気が弾け、目の前に影が降り立った。


「止まりなさい。それ以上、近づくな」


 声の主は、甲冑を身にまとった騎士のような女だった。

 長い黒髪に、銀の瞳。腰には大剣。だが、威圧感よりも、その姿勢には何か“必死さ”が漂っていた。


(……あの人、ひとりぼっちの匂いがする)


「この砦は、我々“空守り”の聖域。立ち入りは禁じられている。瘴気に侵される前の“最後の空”が、ここには残っているのだ」


「空守り……?」


「かつて、空と契約し、瘴気を浄化する役目を担った者たち。我々は滅びかけているが、それでも最後の砦としてこの場所を守っている」


 悟は静かに風鋼の刃を鞘に納め、身構えを解いた。


「俺はこの空の敵を追っている者だ。名を神崎悟。あの花に……会いに来た」


「……会いに?」


 女騎士がわずかに目を細めた。


「これは“風桜”と呼ばれる霊樹。異界から渡った者が命と引き換えに植えたという。瘴気の中で唯一、空を清める力を持つ」


 悟は息を呑んだ。


(もしかして、それって……)


「その人の名を、知らないか?」


「名など残されていない。ただ……“風を駆けた若者”だったとだけ」


 悟は花を見つめながら、拳を握りしめた。


「……ここにも、空を守ろうとした誰かがいたんだな」


(うん……きっとその人、サトルみたいな人だったんだよ)


 女騎士がふと、目を伏せた。


「……あなた、空を本気で守る気があるのなら、手伝ってほしいことがある」


「何だ?」


「この砦の地下……そこに、瘴気を操る者の“封印の残滓”がある。それが今、壊れかけている。放っておけば、この風桜も、空も、全て……」


 悟は即座に頷いた。


「案内してくれ。封印が壊れる前に、終わらせよう」



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