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第14話 動く陰謀、仮面の王子と黒翼の記章

 セリオ砦の瘴気核を破壊したその翌朝、悟とアカネは再び旅路についた。

 目的地は、瘴気の流入元を調査するための中継地点、王都から東へ離れた要衝〈バルセイル〉。


 しかし、山を越える前に、彼らは思いがけず一団の騎馬兵と遭遇する。


「名を名乗れ。ここは王国軍が監視を強化している警戒区域だ」


 先頭に立つのは、艶のある銀鎧に身を包んだ青年。顔の上半分を白銀の仮面で覆い、声には貴族特有の冷ややかさが滲んでいた。


 悟はひとまず名乗る。


「俺は神崎悟。空を巡る瘴気の調査と、ある竜から託された使命で動いている」


「竜……ほう。ならば貴様、“空の眷属”か」


 仮面の男が低く呟く。


「我が名は、ユリウス・ヴェイン。第二王子にして、〈黒翼派〉の筆頭である」


「黒翼派……?」


 アカネが警戒するように唸る。


 ユリウスがわずかに口角を上げた。


「王国には二つの派閥がある。一つは、竜と契約し、空と調和する〈蒼翼派〉。もう一つが我ら〈黒翼派〉空の力を『制御すべき兵器』とみなし、国家の統治機構に取り込もうとする勢力だ」


「つまり、お前たちはアカネを“武器”にしようとしてるってことか」


「ふふ……随分と物分かりがいい。だが、ただの感情論で抗うには、現実はあまりにも冷たいぞ」


 その言葉に、悟の拳が自然と握られる。


「……だったら、その現実ごと叩き壊してやる」


「ほう……それだけの力があれば、な」


 その時、ユリウスが軽く指を鳴らした。


 直後、周囲の空気が歪んだ。


 森の木々の間から、漆黒の羽根を持つ“瘴気融合型飛竜”が飛び出してきた。

 それは明らかに、自然の竜ではない。瘴気と人工の術式によって改造された、兵器としての“竜”だった。


「我ら黒翼派は、“瘴気”さえも制御し得ると証明してみせる。これはその一例に過ぎん」


 悟は即座に風鋼剣を抜いた。


「アカネ、構えろ。こいつは……ただの見せしめじゃない」


(うん……あれ、すごくイヤな匂いがする。……あれは、生き物じゃない!)


 アカネの体表に、先日よりも一段濃い光が走る。


 まだ悟を乗せて飛ぶことはできないが、空を翔ける本能が、アカネの動きを加速させていた。


 空中で繰り広げられる奇襲と応酬。

 悟は地上から指揮を取りつつ、アカネに短い指示を送る。


「上昇して陽光に入れ! そこから回り込んで死角に!」


(了解っ!)


 まるで、かつて「疾風」を操ったあの時のように、彼の指揮とアカネの機動が一つに噛み合い、融合型飛竜の首元を一閃で裂いた。


 黒い血と瘴気が飛び散り、竜が墜落する。


 だが……


 ユリウスは、その様子を淡々と眺めていた。


「……ふむ。やはり、貴様は“鍵”になるかもしれんな。空の力を操る者として」


「勝手に選定してんじゃねぇ」


「また会おう、“空の後継者”。今度は舞台の中央で」


 そう言い残し、ユリウスと騎馬隊は霧の中へと消えていった。


 悟はその背中を睨みながら、深く息をついた。


「……黒翼派。あれが、この世界の“理屈”か」


(理屈だけで命を扱うなら、それはきっと“空”に嫌われる)


 アカネの瞳が、どこか切なげに空を見上げた。


***


 黒翼派の襲撃から二日後。

 悟とアカネは、陽光が降り注ぐ城塞都市〈バルセイル〉に到着していた。


 この地は、王都を守る最後の防衛線とも呼ばれ、強固な石壁と風力塔、瘴気を中和する光晶炉によって、かろうじて空の“青”を保っている数少ない街の一つだった。


 街の入り口で、魔法検査の腕輪を巻かれた悟は、アカネの存在について問われたが、竜を連れる旅人として「監視付き滞在」という条件で入国が許可された。


(この街、風が重い……光はあるのに、空が息苦しい)


 アカネがつぶやく。


 街は陽射しこそ明るいが、空の色はどこか霞んでいて、瘴気が目に見えぬ霧となって漂っていた。


 宿をとった悟は、翌朝から街の中央にそびえる“灯台”へと向かった。

 それはかつて、空路の航行と気象観測のために使われていたが、現在は立入禁止区域となっている。


 しかしその灯台に、妙な噂があった。


「夜な夜な灯台のてっぺんで、空に語りかける少女がいる」


***


 灯台の下層は封鎖されていたが、悟はこっそりと裏手の梯子から上階へと登る。

 アカネはその周囲を飛び跳ね、屋根の上から見張りをする。


 やがて頂上に近づいた悟は、薄い風鈴の音と共に、灯台のバルコニーに立つ少女の姿を見た。


 その少女は、白いワンピースに身を包み、空をじっと見上げていた。


「……あなた、誰?」


 悟が声をかけると、少女はゆっくりと振り向いた。


 長い銀髪、どこか空を映したような淡い瞳。年は10歳前後だろうか。

 だが、目の奥に宿る光は、歳不相応なほど深く、冷静だった。


「私は、灯台守。名は“フィーネ”。ここで空の『裂け目』を見守っているの」


「裂け目……?」


 フィーネは静かに指を差した。


 そこには、雲の隙間から垣間見える……わずかに“黒ずんだ亀裂”が、空の一角に広がっていた。


「それが瘴気の本源のひとつ……空の裏側。

今の世界は、“空の底”に穴が開いているのよ」


 悟は息をのんだ。


「王都は、あの裂け目に近い。放っておけば瘴気に呑まれるわ」


「だから……君はここで見張ってるのか、一人で?」


 フィーネは微笑む。


「私は、竜に選ばれた“空読み”。あなたと同じ“後継者”だから」


 その言葉に、悟の胸が少しだけ熱くなった。


「だったら、どうすればいい? その裂け目を、塞ぐには……」


 フィーネはそっと、風に揺れる風鈴に手を伸ばし、そっと鳴らした。


「“空の心臓”を目指すの。

この世界の空を支える最奥の地、《エイルグラード》。そこには、全ての答えがある」


「エイルグラード……」


 その名が、悟の耳に焼きついた。


(そこが、すべての根源……?)


(行こう、サトル。空が、泣いてる)


 アカネが灯台の欄干に飛び乗り、空を見上げた。


 風が鳴り、風鈴がひときわ高く響いた。



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