俺は慎重を期して部屋の中には入らずに覗き込んだ。
部屋の中のほとんどが凍り付いている。凍り付いたヴァンパイアの姿も見えた。
だが、凍り付いていないものが一つある。
それは巨大な一つの頭だった。明らかに人の物ではない。
頭部だけだというのに、人の身長よりも高い。
緑色で目が三つあり、髪の代わりに十数本の太い触手が生えている。
禍々しさが尋常ではない。
「なるほど。邪神像の無くなっていた頭はこういう形だったのか」
思わず俺はつぶやいた。
そうしながら、昏き神の加護、そのコアを探す。
先日倒したハイロードの手にあったものは、水晶のような材質でできた球体だった。
(あれだな)
念のために、部屋に入る前に確認してよかった。
邪神の頭部と戦闘になった後、昏き神の加護が発動すればただでは済まなかっただろう。
俺は魔力弾を飛ばす。
推定邪神の頭部、その触手がコアを守るかのように、魔力弾を受け止める。
「触手、意外と伸びるんだな」
推定邪神の頭部は広い部屋の奥にいる。
そして、昏き神の加護のコアは部屋の中央だ。そこまで触手が届くとは思わなかった。
成人男性の身長五人分は伸びるようだ。
普通の魔物ではないのは確実だ。
きちんと後で調べるとして、今はとりあえず邪神の頭部と決めつけていいだろう。
ハイロードとの戦いで、昏き神の加護の範囲は狭いことがわかっている。
とはいえ、起動されれば、今この場所も範囲に入りかねない。
そして起動した後ならば、コアに近いほど、昏き神の加護の影響が強くなるはずだ。
邪神の頭部に近づくのは、コアを破壊してからの方がいいだろう。
俺は連続で、魔力弾をコアに向かって撃ち込んだ。
その全てを触手が防ぐ。よく伸びるだけでなく速い。
「Ooooooooooo」
推定邪神の頭部は、うめくような太い声を上げている。
腹の底が冷えるような、吐き気を催す声だ。
俺はコアを攻撃しながら、邪神頭部への攻撃も開始する。
そうしながら考えた。
なぜ邪神頭部は昏き神の加護を起動させないのだろうか。
もしかしたら、起動させられるだけの呪いが足りないのかもしれない。
いや、起動できるのはヴァンパイアたち信者たちだけなのかもしれない。
神自身は加護を起動できない可能性もあるのではないだろうか。
「とはいえ、相手が出来ないだろうと決めつけるのは、さすがに慢心が過ぎるよな!」
俺は邪神頭部と、コアに向かって、間断なく攻撃を加える。
そして、徐々に邪神頭部への攻撃を激しくする。
「OOOOOOOOoooo!」
邪神頭部はすべての魔力弾を触手で弾く。
それでも俺は、軌道を変えて、速度を変えて撃ち込んでいく。
触手が絡まることを狙って魔力弾を撃ち込んだのだが、絡まることはなかった。
俺は魔力弾の数を増やして、速さを上げていく。
触手の動きも、それに伴い加速していく。
ついに、触手が魔力弾をさばききれなくなってきた。
一発、邪神頭部本体を魔力弾がかすめた。
「OOOOOOOOOOO……」
「食らええええええ」
邪神頭部がおぞましい声を上げると同時に、俺は巨大な魔力弾をぶち込んだ。
触手が一斉に自分を守るように動く。魔力弾に当たった触手がちぎれ、破裂した。
もう、すべてを防ぐ余裕はないのだろう。小さな魔力弾は頭部に当たるに任せている。
魔力弾が消えた後、ゆっくりと触手が開いていく。
弾けた触手が、あっという間に修復されていく。
「これで、ほぼノーダメージかよ」
ここまで強いのならば、逆に邪神じゃなければ困る。
こいつが邪神じゃないのだとしたら、邪神がどれだけ強いのか。
「Oooooo……」
「だが、緒戦は俺の勝利だな」
俺は巨大魔力弾を放つと同時に、魔神王の剣をコアに向けて投げつけていた。
防御に専念せざるを得ないほどの攻撃を本体に加えてから、コアを攻撃したのだ。
魔神王の剣はコアに突き刺さり、見事に砕いていた。
これで安心である。邪神と接近して戦える。
「さて、生首野郎。戦おうか」
「OoOoOoOoOoOo……」
「何言ってるかわからないぞ」
俺は全身に魔力を流して身体を強化する。一気に邪神の頭部との間合いをつめる。
邪神の頭部は触手を伸ばして魔神王の剣をとろうとした。
走りながら、触手を魔力弾ではじく。足を緩めず魔神王の剣を拾った。
そのまま、頭部に斬りかかる。
「死ね!」
邪神の頭部に斬撃が届こうかという瞬間。頭部の目が光った。
嫌な予感がして、咄嗟に後方に飛んで距離をとる。
直後、黒い光線が飛んできた。岩の床に当たり、岩が溶けた。
なんと言う熱量だ。当たったら、ただでは済むまい。
三つの目から、光線が出続ける。触手の先端から、魔力弾も飛んでくる。
激しい火力だ。近寄るどころではない。
かわすのも限界だ。魔法障壁を張って、何とかしのぐ。
魔力弾はともかく、目からの光線は魔法障壁を一瞬で破壊してくる。
「頭だけだというのに、魔神王より強くないか……」
俺は思わずつぶやいた。
かわし防ぎながら、反撃の機をうかがう。
邪神の頭部の攻撃が一層激しくなる。魔法障壁を砕き、光線が腕をかすった。
瞬間、筋肉が炭になる。痛みすら感じない。かすっただけでこの威力。
体幹にまともに当たれば、命はない。腕や足に当たれば焼け落ちるだろう。
いつまでも防御に徹しているわけにもいかない。このままではじり貧だ。
攻勢に転じる必要がある。
「魔力消費が高いから本当は使いたくないのだが……」
俺は自身の最高魔法の準備に入る。
持久戦に持ち込もうにも、不確定要素が多すぎる。
最高クラスの攻撃を一気に叩き込み、一気に決着をつけるべきだろう。
魔神との十年の戦いは持久戦に特化していた。短期決戦は久しぶりだ。
俺は左手で魔法障壁を展開しながら、右手をかざして、一気に握る。
右手で邪神の頭部を、その周囲の時空ごと握りつぶしたのだ。
いくら物理防御が高かろうが関係ない。
物理の法則を捻じ曲げ、空間ごとひしゃげさせるのだ。
金剛石だろうがオリハルコンだろうが関係ない。
——ギィィィィンガギィン
鋭い音が響き、一瞬で邪神の頭部はひしゃげた。
巨大な頭部をこぶし大まで圧縮したのだ。
「oooooO……?」
邪神の頭部も何が起こったのかわかっていなさそうだ。
今までにない声を出した。
俺は時空圧縮を解除する。この魔法は魔力消費がでかすぎる。
あまり長時間維持すると、後の戦いに響いてしまう。
こいつで敵が最後とは限らないのだ。
解除したら、頭部は一気に元の大きさに戻る。
爆発したかのように破裂する。骨が砕け飛び散り、体液が噴き出す。
触手がミンチになって周囲に散らばる。
もはや頭部はぐちゃぐちゃで原形をとどめていない。
だが動いていた。徐々に再生を始めている。
「これでも死なないのか……」
とどめを刺す必要がある。
俺は先程食らいラーニングした黒い光線を邪神の頭部にぶつける。
光の当たった部分が焼け落ちていく。
「さすがに自分の攻撃は痛かろう」
頭部は魔法障壁で抵抗しようとする。
障壁を黒い光はたやすく砕く。頭部は崩れていった。
しばらく焼いて、頭部は炭と化した。