夕食の後、エリックは王宮に帰っていった。
妻と子供たちが待っているのだ。ちなみに王宮でも夕食を食べるらしい。
太らないか心配である。
「ゴランは泊まっていくんだろう?」
「すまねーな!」
「一応、屋敷の方にも連絡しとけよ」
「ああ、それは大丈夫だ。言ってある」
俺がゴランにそんなことを言っている間、ケーテはこっちをチラチラ見ていた。
泊まっていくように声をかけられるのを期待しているに違いない。
「ケーテも泊まっていくといい」
「よ、よいのか?」
「もちろんだ」
ケーテは嬉しそうに羽をぴくぴく動かした。
尻尾も縦に動いている。
そんなケーテにニアが駆け寄る。
狼の獣人であるニアの尻尾はゆっくりと揺れていた。
「ケーテさん、一緒にお風呂入りましょう!」
「お風呂とな?」
「結構広いお風呂があるんです」
「そうだぞ! 毎日磨いているからきれいなんだぞ」
ミルカは胸を張っていた。
「先生も一緒にはいろう!」
「うむ。入ろうではないか」
フィリーもお風呂に入るようだ。
「それは楽しそうであるな!」
「みんなでお風呂に入るでありますよ!」
「そうね!」
シアとセルリスも一緒に入るようだ。
女の子たちがぞろぞろとお風呂に向かう。
その際、ケーテがふと言った。
「ルッチラは、一緒に入らぬのか?」
「ぼ、ぼくはいいです」
ゲルベルガさまを抱いたルッチラは慌てた様子で拒否をする。
「ルッチラは男の子だぞ!」
ミルカが笑いながら言った。
「む? そうなのか? 我はてっきり……」
「ケーテさんは人を見分けるのが苦手なんだなー」
ミルカはうんうんと頷いている。
ゴブリンと人族の区別がいまいちついていないのがケーテだ。
人族の男女差などわかるわけがない。
「不思議なこともあるものであるなー。てっきり……」
「ささ、ぼくのことは置いといて、お風呂に入って来てください」
「ルッチラからは女子の匂いしかしないのであるがなー」
「……そんなことないよ?」
「ここここ」
ルッチラの顔は引きつっていた。
ゲルベルガさまもなぜか細かく震えて、きょろきょろ見回していた。
ミルカが驚いて、目を見開いた。
「え? そうなのかい? ルッチラは女の子なのかい?」
「ち、ちがうよ?」
「こここここここ」
ルッチラは焦っているようだ。
だが、ルッチラ以上にゲルベルガさまの挙動が怪しい。動揺しているようだ。
これは女の子であることを隠していたということかもしれない。
さすがの俺も、そのぐらいは気が付く。
「ルッチラ」
「は、はい」
「こここここ」
ゲルベルガさまがルッチラの腕を飛び出し、鳴きながらこっちに走ってきた。
そのまま俺の腕の中に飛び込む。
「どうしたんだ、ゲルベルガさま」
「こうこうここ」
ゲルベルガさまは頭を上下にぶんぶんと振る。
ルッチラが性別を偽っていたことを、謝っているのかもしれない。
男だろうが女だろうが、ルッチラはルッチラである。
「本当に気にしなくてもいいぞ?」
「……はい、ありがとうございます」
「コッココ!」
「わかりました、ゲルベルガさま」
ゲルベルガさまが促すように鳴いた。
そして、ルッチラは決心したように口を開く。
「実は、ぼくは隠していたけど女でした……」
「へー、そうだったんだー」
「気づかなかったのだ」
ミルカとフィリーは素直に驚いている。
「あたしは匂いでわかっていたでありますよ」
「私も知っていました」
シアとニア、嗅覚の鋭い狼の獣人たちは知っていたようだ。
知ったうえで事情があるのだろうと指摘しなかったらしい。
「私も、そうだろうと思っていたわ」
「セルリスも、知っていたのか?」
「知っていたのとは違うわ。そうだろうと思っていただけ」
「どうして、ルッチラが女だってわかったんだ?」
「だって、可愛いもの。声も顔も、女の子でしょう?」
セルリスも気付いたうえで、突っ込まなかったようだ。
「そうだったのか、気づかなった……」
「ああ」
俺とゴランは、正直気が付いていなかった。
「隠していたことは、問題ないんだが……なにか事情があるのか?」
「……ぼくの一族が、ぼく以外全滅してしまったことは話したと思うのですが……」
「そうだったな」
ゲルベルガさまを崇めていたルッチラの一族は、昏き者の襲撃で滅んでしまった。
そして一人生き残ったルッチラが、ゲルベルガさまを守りながら落ち延びたのだ。
「ぼくの住んでいた地域は族長同士の会議があるのですが、その族長会議に出れるのは男だけなのです」
「なぜ男だけなんだ?」
「領主の方針です」
しょうもない方針だ。領主の顔が見てみたい。
シアたち狼の獣人族にも族長会議があると聞いている。
「シア。そういうものなのか?」
「狼の族長会議は女でも問題ないでありますよ。父の代理であたしが出席したこともあるでありますしね!」
そういえば、そのようなことをシアは言っていた。
ハイロード討伐に関する族長会議に、族長ダントンのかわりにシアが出席したのだ。
「そうだよなー。普通はそうだ」
ルッチラは真面目な表情でつぶやくように言う。
「ぼく一人だけですが、一族は滅んでいないのです。成人したら族長会議に出席するつもりですので……」
「なるほど。それで男としてふるまっていたのか」
「はい。隠していて申し訳ありません」
「気にするな。それに一族の復興という意味なら、エリックに頼めばどうとでもなるぞ」
「というか、ルッチラ、騎士の爵位をもらっていたはずじゃねーか?」
「はい、いただきました」
ヴァンパイアハイロード討伐の功績だ。
シアと狼の族長たち、ルッチラには騎士の爵位が与えられている。
「爵位を持つってことはつまり、一家をたてたってことだ。族長会議にも出席することは可能だろうさ」
「そうだな。平民相手なら領主は色々出来るが、騎士は貴族だ」
たとえ領主でも、貴族相手に根拠のない自分の好みを押し付けるわけにはいかない。
もめた場合は、王に仲裁を頼むことになる。
その場合、王は枢密院に判断をゆだねることが多い。
「で、俺は枢密顧問官なんだよ」
「……そ、そういえば、そうですね」
そう言うとルッチラは、ぽろぽろと涙をこぼした。