ケーテがどや顔で言う。
「リーア、我がラックと友達になって、その縁で水竜の防備を頼んだのであるぞ!」
「陛下。リーア王女殿下とお呼びください」
すかさずドルゴがケーテを窘める。
ケーテの口調から言って、普段は仲がいいのかもしれない。
「す、すまぬ」
ケーテは頭を下げる。
だが、リーアはよくわかってなさそうだ。微笑みながら首をかしげていた。
ケーテは風竜王だが、リーアも水竜の王太女なのだ。
人族で言うところの、他国の王族同士みたいなものなのだろう。
俺たちの見ている前ではそれなりの作法がいるに違いない。
特に俺たち側にはメンディリバル国王エリックがいるのだ。
外交儀礼が大切なのかもしれない。
とても面倒なので、フランクに話していいよと言って欲しいところだ。
だが、一臣下に過ぎない俺から、切り出すわけにはいかない。
俺はエリックをちらちら見る。
こういう時、一言いえるのは王族の皆様だ。
「……?」
だが、エリックは俺の視線の意図に気づかない。
ニコニコ笑っている。
エリックは役に立たない。
俺はケーテをちらりと見た。だが、ケーテは叱られたばかり。
期待できない。
だが、ケーテは俺の視線をうけて、力強くうなずいた。
「……! うむ、わかったのである」
「陛下?」
急にうなずき始めたケーテを見て、リーアが戸惑っている。
「王太女殿下! 我と殿下の仲である。それにエリック陛下も友達だしな! それにラックも友達なのだ」
「……はい」
リーアは少し戸惑っている。
「堅苦しい儀礼は無しにしようではないか!」
「っ!」
ケーテの言葉に驚いた。
なんと、ケーテは俺の視線の意味をしっかりと読み取ってくれていたのだ。
「……陛下」
ドルゴが窘めようとしたが、それより早く、リーアが言葉を続ける。
「はい、ケーテお姉さま。嬉しいです!」
「そうであろう、そうであろう!」
そして、ケーテはドルゴを見て、どや顔をした。
「ドルゴよ! リーア王太女殿下もこうおっしゃっておるのだ!」
「……ですが」
「エリックもそのほうがよいであろう?」
「はい。そうですね」
エリックはいつものように微笑んでいる。
それをうけて、またケーテはどや顔をした。
「なっ?」
「陛下のご随意に……」
「むふふ」
外交儀礼を重んじるドルゴをケーテが押し切った。
ケーテとドルゴのやり取りを見ていたリーアもほっとしたようだ。
リーアもまだ子供。堅苦しいのは苦手なのかもしれない。
「ラックさま、ラックさま」
「どうなされました?」
「わたしのことは是非リーアとだけ呼んでください!」
「ですが……」
さすがに、呼び捨ては抵抗がある。
だが、リーアは寂しそうに言う。
「だめですか……」
王太女とは言え、五歳ぐらいの幼女にそう言われたら、断りにくい。
「わかりました。リーア。それではわたくしのこともラック。もしくはロックとだけお呼びください」
「ありがとうです! ラック!」
とはいえ、さすがに臣下の前で、王太女を呼び捨てには出来まい。
竜の文化ではどうかはしらないが、人族の文化ではそういうものだ。
「ラック、どうぞこっちに来てください。集落と宮殿を案内します」
リーアは俺の手を取った。
「皆さまも、こちらにどうぞ!」
そういって、リーアは歩き出した。
そのまま俺たちは転移魔法陣の設置されている大きな部屋を出た。
するとそこは広くて長い、石造りの廊下だった。
「大きいですね」
「水竜たちが暮らしている場所ですから」
竜は大きい。だから生活の場も大きいのだろう。
「すごいであります」
「広いわね」
「がうー」
シアとセルリスも驚いている。
ガルヴは匂いをふんふんと嗅ぎまくっていた。
心配になる。念のために釘を刺しておこう。
「……ガルヴ。ぜったい用を足すなよ?」
「がう」
ガルヴはわかっているのかいないのか、勢いよく尻尾を振っていた。
「ここは水竜の宮殿の近くにある、今は使っていない建物なのです!」
「なるほど」
俺も興味深くて、周囲を見回した。
広いだけでなく精巧だ。柱一本、壁一枚に至るまで高い技術がつぎ込まれている。
俺が感心していると、ケーテが言う。
「ラック。魔法陣部屋に魔法をかけなくてよいのであるか?」
「あ、確かに。早い方がいいな。リーア。魔法陣部屋に魔法的防御をかけても良いだろうか?」
「はい。お願いします!」
リーアの許可をもらったので、俺は魔法防御をかける。
「すごいです!」
リーアが俺の魔法を見て感動していた。
「平凡な魔法ですよ」
「平凡な魔法でもすごいです! さすがラックです。この目でラックの魔法を見れるとは」
「であろー? ラックはすごいのであるぞー」
なぜかケーテが胸を張っていた。
俺は魔法陣部屋の壁、床、天井に魔法をかける。
これにより、簡単には破壊されることはないだろう。
隕石が降って来ても大丈夫なはずだ。
「鍵の登録も済ませておきましょう」
風竜王の宮殿では、ドルゴを締め出してしまった。
忘れないうちに、この場にいる者を鍵に登録して開けられるようにしておいた。