ダークレイスが足を止めた瞬間。
後方から俺を追い抜き、ガルヴがとびかかった。
「ガガウ! ガウガウガウ!」
ガルヴはダークレイスの首辺りに牙を立てた。そのままねじ伏せる。
「KI!?」
何が起こったのかわからない。そんな声をダークレイスが発した。
「なんと!」
「レイスに牙が通るとは!」
後方のケーテとモルスも驚いている。正直、俺も驚いた。
「ウーーーガウガウ!」
ガルヴはダークレイスを牙と爪で押さえつけている。
ダークレイスの体は魔素で構成されている。物質ですらない。
臭いも全くないし、魔法を放つ直前直後以外、目にも映らず音もしない。
だからダントンの屋敷の壁もすり抜けて、侵入することが出来たのだ。
狼の獣人族は目も耳もよく、嗅覚も鋭い。しかもヴァンパイアの精神系魔法が通じない。
狼の獣人族、その族長の屋敷に入り込むには、レイスは最適な魔物と言えるだろう。
だが、霊獣狼にとってはレイスもほかの魔物と同じようなものらしい。
「ガルヴはレイスを抑えられるのか……」
霊獣の狼。その特殊能力かもしれない。
ガルヴの牙と爪そして体も、ただの物質ではないらしい。
ガルヴが押さえ込んでくれている間に、俺は魔法の準備を終わらせる。
魔力の柱を変形させて、魔力の檻を構成していく。
檻を維持している間、ずっと魔力を消費する。しかも消費も激しい
名前もついていないオリジナルの臨時の魔法。ダークレイス対策の非常手段だ。
九割がた魔力の檻を組み立て、ガルヴに言う。
「ガルヴ、もういいぞ」
「がう!」
ガルヴが飛びのくと、同時に魔力の檻を閉じた。
「ガルヴ、でかした。見事だ」
「がう!」
魔力の檻を維持するために、両手がふさがっているので撫でられない。
だから言葉だけで褒めておく。ガルヴは嬉しそうに尻尾を振った。
あとで、撫でまくってあげよう。
すぐにケーテとモルスが追いついてくる。
「閉じ込めたのだな?」
「ロックさん。お見事です」
「ケーテとモルスにも、ダークレイスの位置がわかるのか?」
「
「我も魔力探知を使っておるからわかるのである。平時には気づけないと思うのだ」
魔力探知を使っていなければ、ケーテたちでも気づくことはできない。
ということは、高位の魔導士であっても魔法なしでは気づけないということだ。
魔力探知は魔力消費の少ない魔法の一つだ。だが、いつも発動しているわけではない。
狼の獣人族のほとんども魔力探知は使えない。当然侵入されても気づけまい。
改めてダークレイス対策を考えなければなるまい。
とはいえ、まずは目の前のダークレイスである。
「さて……」
果たして、ダークレイス相手に尋問することができるのだろうか。
尋問せずに情報を得ることは可能だろうか。
そんなことを考えていると、ダークレイスが声を発した。
「ワレヲホバクスルトハ……」
「が、がう!」
「しゃべったのである!」
ガルヴとケーテが驚いていた。
「そりゃ、人族の言葉ぐらいわかるだろうさ」
「そうなのであるか?」
「ああ」
驚くケーテに俺は解説する。
人族の言葉を理解できないのならば、諜報活動するのは難しい。
人族の書く文の読解と、発する言葉の聞き取りができるのは当然だ。
「聞き取りができるなら、発話もできてもおかしくない」
「なるほど」「がう」
ケーテとガルヴは納得したようだ。
「さて……」
会話ができるならば、尋問も可能だろう。
魔力の檻を維持したまま、俺はダークレイスに近づく。
「誰に命じられた?」
「……コタエルワケガナイ」
「今回で侵入したのは何回目だ?」
「…………」
「答えるつもりはないってことか」
やはり昏き者どもは口が堅い。
邪神の狂信者たちと考えれば、それも納得である。
「どうするのだ?」
「答えてもらえないなら、消えてもらうしかないな」
「やはりそうするしかないのであるな」
魔力の檻を維持するのに、大量に魔力を使う。
とはいえ、俺の魔力は膨大だ。すぐに魔力が尽きて維持できなくなるといったことはない。
それでも、魔力の檻を維持したまま、
いつ急襲されるかわからない以上、ダークレイスの捕縛を維持する理由はない。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
俺がそう尋ねたのはあくまでも一応だ。恐らくなにも言わないだろうと思っていた。
だが、予想に反してダークレイスは口を開く。
「オマエラハモウオワリダ」
「どういう意味だ?」
「オシエルワケガナカロウ」
「そうか。大規模な侵攻でも企てているのか?」
「…………」
それ以降ダークレイスは一言も発することはなかった。
情報を得ることをあきらめて、俺は魔力の槍でダークレイスにとどめをさした。
それから
「侵入してきたのはこいつだけか」
俺がそうつぶやくと、ケーテが言う。
「ダークレイスは死んでも魔石が出ないのであるな」
「ダークレイスもレイスも物体じゃないからな」
「倒しがいがないのである」
「そうだな」
見つけにくいし、退治も難しい。苦労して倒しても魔石も出ない。
だから、冒険者にはレイス系は人気がないのだ。
「さて、ダントンの屋敷に戻るか」
なるべく早く、族長たちに報告しないといけないだろう。