知恵のありそうな昏き者が与えてくれる情報に価値などない。
十中八九罠である。
昏き者からは情報は無理矢理奪い取ってこそ意味があるのだ。
昏き神の加護の中だから、俺の全力を出せたわけではない。
とはいえ、敵の隙を完全に突いた、絶妙なタイミングだった。
「そう、焦るな」
だが、完全に斬り裂かれたそいつの姿は、霧のようにぼやけていく。
霧に変化しようと、魔神王の剣ならば関係なく斬れる。
だというのに、なんの痛痒も感じていないようだ。
俺自身、なんの手応えも感じなかった。
「貴様も我を探していたのだろう?」
嬉しそうにヴァンパイアは言う。
正直なところ、全く探してはいない。
ただ、ガルヴの散歩に来ただけだ。
「だが、けして我は仕留められぬぞ? まあ我を仕留めたところで、貴様の大切な者が目覚めることも無いがな」
「……お前」
そのとき、大切な者とはフィリーとミルカのことではないかと頭に浮かんだ。
だが、フィリーとミルカは疲れて寝ているだけだ。
放っておいても起きるはずだ。
それにヴァンパイアがフィリーとミルカが寝ていることを知っているわけがない。
フィリーの研究室のある俺の家は神の加護に覆われた王都の中にある。
そして、俺の家も、フィリーの研究室も強固な魔法防御を俺がかけている。
「そこである!」
ケーテが、ヴァンパイアの足元に風魔法を撃ち込んだ。
ヴァンパイアは魔法障壁を展開して、その攻撃を受けた。
風竜王の強力無比な風魔法を受けて、障壁は徐々に削れていく。
「やるではないか」
ヴァンパイアがケーテを見る。
「よそ見か? ぐっ」
俺はその隙をつき、跳び上がると魔神王の剣を振るう。
だが、昏き神の加護のせいで、一瞬剣が遅れた。
俺の振るう魔神王の剣をギリギリで躱したヴァンパイアは、
「調べるがよい。そう時間は無いぞ?」
そういって、消え去った。
直後、ケーテの魔法攻撃が地面に炸裂し、昏き神の加護が消え去る。
ケーテの風魔法は昏き神の加護のコアを破壊するためのものだったのだ。
「ケーテ助かった」
「気にするでないのだ。我とロックが少し離れていて助かったのだ」
「そうだな」
「逃げられたであるなー」
逃げられたというよりも、最初から存在していないとすら感じた。
それぐらい、捉えどころが無かったのだ。
「ニア。アリオ、ジニー大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫だ。ほんと辛いな。吐きかけた」
「私はちょっと吐きました」
ニア、アリオ、ジニ−は昏き神の加護の影響で本当に辛そうにしていたが、今は大丈夫なようだ。
「水でも飲んで落ち着きなさい」
「ありがとうございます」
俺はジニーたちに水を渡した。
そうしてから、周囲を魔法で探り、ヴァンパイアがどこに行ったのか探る。
「気配は全くないな」
「完全に逃げられてしまったのである」
ケーテとガルヴとこちらに走ってくる。
そして、ケーテは自分で破壊した昏き神の加護のコアを手に取った。
「うーん。何の変哲も無い、昏き神の加護のコアであるなー。この印はなんであるか?」
そのコアには動物の足跡のようなものが刻まれていた。
「わからないな。後で調べよう」
「うむ」
「それにしても、敵はこんな所に何のようだ? わざわざ昏き神の加護を仕掛けてなにをしていたんだ?」
本当にわからない。
「せめて捕獲できたら、情報を手に入れられたんだがな」
「霧化で逃げられてしまったのである。本当にヴァンパイアは面倒な奴等なのだ」
「ガウ!」
「違います」
緊張した様子で剣を構えていたニアが言う。
「あれはヴァンパイアではありません」
「ガガウ!」
ニアの剣を握る手が震えていた。
ガルヴも興奮気味に吠えている。
「気配は完全にヴァンパイアだったのである。ロックもそう思ったであろう?」
「ニア、臭いが違ったか?」
「臭いもですが、魔力とか気配とか、全部違います」
ニアは断言する。
狼の獣人族は代々ヴァンパイアハンターを生業としてきている。
いわば、ヴァンパイアの宿敵だ。
俺たちが見分けられないヴァンパイアの眷属も、狼の獣人族ならば一目で見抜けるのだ。
「ニアの感覚は信頼できる」
「確かに、ニアがヴァンパイアを見間違うとは思えないのではあるが……」
「ガルヴはどう思う? あれはヴァンパイアではないか?」
「ガウガウ!」
どうやら、ガルヴもヴァンパイアでは無いと思っているらしい。
聖獣狼であるガルヴまで、そう判断したならば、あれはヴァンパイアではないのだろう。
「ニア。ヴァンパイアではないとして、何だと思う?」
「それはわかりません。見たことのない敵です」
「そうか」
「すみません」
「いや、ヴァンパイアじゃないとわかっただけでも、助かるよ」
攻撃からしばらく経ち、アリオとジニーも落ち着いたようだ。
「俺には全く見分けはつかなかった」
「私にも……」
「正直、俺もアリオとジニーと一緒だ。ヴァンパイアだと思っていた」
「斬った感じはどうだったのであるか?」
「手応えが無かった。霧を斬ってもまだ手応えがあるぐらいだ」
魔神王の剣が通じなかったのならば、ドレインタッチも通じないと考えたほうがいい。
「あれは一体なんだったんだ?」
「それより、ロック、大切な者が目覚めないってなんのことであるか?」
「心当たりはないが……、家を出るとき、フィリーとミルカが眠っていたな」
俺はフィリーとミルカの状況について、ケーテたちに説明する。
もちろん周囲に魔法探査をかけて、誰もいないことを確認してからだ。
「うーむ。でも、寝落ちしただけなのであろ?」
「俺にはそう見えた」
「私にもそう見えました」「がう」
「ならば、フィリーとミルカのことではないのではないか?」
「かもしれないな」
そもそも、俺の家の中での出来事を、昏き者どもが知っているわけが無いのだ。