俺とケーテ、ニアとガルヴは王都に戻る。
俺たちは王都の門をくぐると、まっすぐ家へと向かった。
家の中に入っても、誰も出迎えてはくれなかった。
替わりにフィリーの部屋から声がした。
「あ、ロック? 早く来て」
「レフィか、早いな」
俺とケーテ、ニア、ガルヴはフィリーの部屋へと走る。
「通路を通ればすぐ来られるわ」
王宮の王の居住区域から俺の家へ移動するための地下通路があるのだ。
フィリーの部屋の扉は開かれたままになっていた。
中からは「ここ」というゲルベルガさまの声が聞こえてくる。
「フィリーとミルカは目を覚ましたか?」
そう尋ねながら、俺はフィリーの部屋へと入る。
部屋の中には、レフィとルッチラ、ゲルベルガさまがいた。
そして、フィリーの隣にはミルカも眠っている。
フィリーの愛犬タマはベッドの横でお座りしていた。
「見ての通り、眠ったままね。一緒にいてもらった方が治療しやすいからミルカには移動してもらったわ」
ベッドは広いので、フィリーとミルカの二人を並べてもまだ余裕があった。
俺はタマの頭を撫でる。
「タマ、お疲れ様。ありがとう」
それから、レフィに尋ねた。
「……もしかして、フィリーとミルカも何をしても起きないのか?」
俺たちはフィリーとミルカは徹夜で寝落ちしたと考えていた。
だから、呼びかける以外、特に起こそうとはしていない。
「そうね。あらかた試してみたけど起きる気配はないわね」
レフィーの近くにある机の上には、何かの薬品や、水の入った
そのほかにも、医療に使う色んな道具が並んでいた。
「となると、ただ眠っているというわけではなさそうだな。身体に異常は無いんだろう?」
「そうね。普通に寝ているだけね。起きないだけ」
「原因はわかるか?」
「こういう病気は知られていないわね」
「そうか。病気だとすると未知の病ということになるか?」
「可能性はあるわね。王都に次元の狭間が開いたことにより、向こう側から病がやってきた可能性もあるし」
「そんなことがありうるのか?」
「当然あり得るわ。こちら側の世界でも、新しい島が発見された後、互いに病が伝播することもあるし」
当代一の治癒術士であるレフィがそういうならそうなのだろう。
「未知の病だとして、治療法は出来るのか?」
「未知の病なら、そう簡単に治療はできない。治療法を探るにも時間はかかるし、その間に死んでしまうわ」
眠っていたら食べ物も水も摂れない。
飢え死にする前に、脱水症状で死んでしまうだろう。
「未知の病なら、実際に次元の狭間に入った俺たちがかかっていないのはおかしくないか?」
「かかる人はかかるし、かからない人はかからない。そういうものよ。」
「……なんとかならないのか?」
「未知の病の線でも研究を進めているし、治療法と延命法をなんとか編み出そうとはしているのだけど」
レフィは言いよどんだ。
状況は中々難しいと言うことだろう。
「ただ、確証はないのだけど」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「何か違和感を覚えるわ」「ココゥ」
レフィに賛意を示すかのように、ゲルベルガさまが鳴いた。
「違和感ってなんだ。具体的にいうとどんな感じだ? 嫌な感じでもするのか?」
俺は全く嫌な感じも違和感も覚えなかったのだ。
「なんといえばいいのか」「ここぅ」
「魔法的な気配か? それとも病を治療するものとしての勘のようなものか?」
「どちらでもないわ。治癒魔術の気配に近いかしら」
「治癒魔術?」
「神の御業というか、いえ、……強いて言えば呪いの雰囲気に近いかしら」「こぅ」
「呪いだと?」
「呪いというと、ご禁制のハムとか、邪神像の類いみたいな呪具なら、ぼくも見たことがありますけど……」
「ルッチラの言うとおり。あれらも呪いだな。そうか。呪具ならば、嫌な気配はしないか」
カビーノ邸にて、ガルヴがご禁制のハムを見つけたとき、俺はただのハムだと思った。
教えてもらうまで、怪しい品だと疑うことも無かった。
フィリーが邪神像を砕いたものを、下水道に流したことがあった。
それを俺がみつけたとき、俺は嫌な気配を感じはしなかった。
魔法の品だとも思わなかった。
邪神像だと、俺たちが気付いたのは、欠片を組み合わせた後だ。
それもヴァンパイア狩りの専門家であるシアが邪神の姿を伝承で知っていて気付いてくれたのだ。
魔法の反応とか、嫌な気配とかで気付いたわけではない。
「呪いだとすると、何の呪いだ? それに、誰がどこでフィリーとミルカに呪いを掛けたんだ?」
俺が問いかけると、ゲルベルガさまが「ココココ」と何かを言いたそうに細かく鳴いた。