研究室に入ってきたリーアは
「ラック、お久しぶりなの」
そういって、抱きついてきた。
基本的にリーアは俺をラックと呼ぶ。
俺をロックさんと呼んでいたのは、通話の腕輪の向こうで誰が聞いていてもいいようにという配慮だろう。
「リーア。よく来てくれた。助かるよ」
「うん。みなさんには、凄くお世話になっているもの」
「でも、よかったのか?」
水竜の集落から、俺の家へは転移魔法陣がつながっている。
来ようと思えばすぐ来ることはできる。
とはいえ、リーアは、王が不在の水竜たちの王太女。
即位していないだけで、水竜たちの君主なのだ。
水竜の君主たる王太女が里を離れるのは、色々と面倒ごとが多いのではなかろうか。
「大丈夫。フィリーとミルカを助けるためだから、皆も納得しているの」
その後、俺は初対面のレフィをリーアに紹介しておいた。
紹介が終わったとき、
『ロックさん。殿下をよろしくお願いいたします』
通話の腕輪の向こうのモーリスに頼まれた。
「この家は防御がしっかりしているので、ご安心ください」
俺がモーリスに挨拶している間、リーアはケーテたちに挨拶していた。
「ケーテお姉さま! 今朝ぶりですね」
「ああ、また会えてうれしいのだ」
ケーテは今朝まで水竜の里にいたのだ。
なぜ転移魔法陣を使わなかったのか、少し気になった。
きっと、遺跡を見て回りたいとか、風を感じたいとかそういう趣味的な理由だろうとは思う。
「ルッチラ、お久しぶりなの。大きくなった?」
「リーアも元気そうで何よりです。大きくなってはいないかも……」
「ううん。ルッチラは大きくなっているの。ゲルベルガさま。ご機嫌いかがですか?」
「ここう」
「はっはっはっ。ぁぅ、ピィー」
興奮気味のガルヴがリーアに甘える。
そんなガルヴをリーアは優しく撫でた。
「ガルヴ。大きくなったわね」
「がぁうがぅ」
ガルヴは大きくなった自分を、リーアにアピールしているようだった。
その後、それぞれ動いてくれることになった。
エリックは宮廷魔導士と錬金術士たち、それに学者を動員して、解決法を探ってくれるようだ。
ゴランは冒険者が集めてきた情報精査して、役立つ情報を探してくれるらしい。
そして、モーリス、モルスはリーアと交替で、フィリー達の生命維持のために動いてくれることになった。
前風竜王ドルゴは、地竜王との渡りをつけてくれているのだ。
俺は、フィリーが研究していた貘の刻印の入ったインゴットを魔法の鞄に入れる。
「リーア。フィリーとミルカのところに案内しよう」
「うん」
「それにしても、よくここがわかったな」
「転移魔法陣を通って屋敷に来て、気配をさぐったの」
「おお、凄いな」
いつもなら魔法的に厳重に守られている研究室だが、今は扉が開いている。
「リーアは、王都に来るのははじめてだったか?」
「そう。こんなときじゃなければ、もっとゆっくり遊びたかったのだけど……」
「そうだな。解決したら、一緒に色々と遊ぼう」
「ほんと?」
「ああ、観光案内しよう」
「リーアは、ラックのおうちもよく見てみたいわ」
「それは、いつでもどうぞ」
話を聞いていた、レフィが言う。
「秘密通路で王宮にもつながっているから、是非遊びに来て」
「うん、ありがとう。うれしいの」
そんな会話をしている間に、フィリーの部屋に到着する。
俺たちが中に入ると、ニアがびっくりして立ち上がる。
「あ、リーア」
「ニア! 元気そうね」
リーアとニアは仲が良い。
水竜集落の防衛の際、力を合わせて戦ったこともあるのだ。
「ニア。少しみない間に大きくなった?」
「そんなには大きくなってないかも」
ニアは子供だ。
成長した覚えはなくとも、日々少しずつ成長している。
長命な分、成長の遅い竜としては、人間のわずかな成長も気になるのだろう。
リーアとニアが挨拶している間も、レフィは素早くベッドにかけ寄り、フィリーたちの状態を確認している。
「リーア。フィリーとミルカに会うのは初めてだったか?」
「うん。はじめて。会いたいと思っていたのだけど……」
「この子がフィリー。そしてこの子がミルカだ」
ベッドに寝ているフィリーとミルカを紹介する。
「フィリー。ミルカ。会いたかったの。こんな形ではじめましてするのは、残念だけど」
「元気になったら、改めて挨拶すれば良い」
「そうね。フィリーとミルカは元気になるものね」
フィリーとミルカの状態を確認していたレフィが言う。
「うん。今のところは大丈夫。もしかしたら特殊な寝りで、代謝自体が落ちているかもしれない」
「なるほど。冬眠みたいなものか? それなら少し猶予はあるかもしれないが……」
代謝が落として眠る。それはまさに冬眠する熊のような状態だ
熊は飲まず食わずで、数ヶ月眠ることができる。
それなら希望があると思ったのだが、レフィは首をふる。
「鼓動や呼吸の数、体温から考えて、冬眠ほど代謝が落ちているわけではないわね」
「急がねばならないのは変わらないか」
「そういうこと。リーア。水分補給というのをどうやるのか見せていただけないかしら」
「うん。任せてほしいの」
そう言うと、リーアは一度大きく深呼吸した。