気合いを入れ直したリーアが、レフィを見る。
「レフィ。どのくらいの水を飲ませれば良いの?」
「コップの半分ぐらいかしらね」
「わかったの」
そして、リーアはフィリーの首を触る。
そのまま流れるようにお腹の方までゆっくりと撫でた。
「やっぱり水の温度は人肌の方がいいよね」
「はい、できれば」
「うん、任せて」
リーアは、もう一度深呼吸すると、左手で魔法を発動させる。
音もなく空中に水が凝集していく。
その魔法技術は見事なものだ。さすがは水竜である。
水の温度は人肌程度なのだろう。
次にリーアは、右手をフィリーの胸にかざす。
そして、小さな声で素早く詠唱を開始した。
右手から複雑な形の魔法陣が幾重にも展開していく。
フィリーの持つ結界のような抵抗力に、リーアの展開する魔法陣が食い込んでいった。
フィリーの抵抗力自体は壊さないようにしながら、慎重にリーアの魔法陣はフィリーを包む。
それから、口から体内に向けて、漏斗状の結界が展開していく。
その結界に刻まれた文様は、非常に複雑で、俺も知らない技術だった。
「いくの」
その漏斗状の結界に、リーアは人肌程度に温めた水をゆっくりと流し込んでいく。
「胃に直接届けるの。……気管や肺には入らないように」
フィリーの口の中に水を流しはじめて一分後。
「これで大丈夫なの」
「リーア見事だったわ」
「ありがとう。助かったよ。リーアは凄いな」
「えへへ。レフィとラックに褒められたらうれしいの」
「見事なのだ! リーア、また魔法の腕をあげたのであるな!」
「うん。ケーテ姉さま。毎日、魔法の練習しているの」
「そうであったのか? 気付かなかったのだ」
ケーテは驚いている。
今朝まで水竜の里にいたのだから、普通は気付くだろう。
「ケーテ姉さまが寝ている間に練習していたの」
「そ、そうであったかー」
ケーテは少し戸惑いながらも、リーアの頭を撫でた。
そんなリーアに、レフィが、
「続けてミルカにもできるかしら? 疲れていない?」
「大丈夫なの! がんばります」
だが、リーアは少し疲れているように見えた。
高度な魔法の同時行使を行なったのだ。疲れないわけが無い。
それにリーアはまだ子供。成長途中なのだ。
「…………リーア。言い忘れていたんだが」
「ラック、どうしたの?」
「いや、リーアの魔法を俺が見て良かったのだろうか?」
「え? 特別な秘儀ではないし、見られても何の……あ、ラックの得意なラーニングね?」
「いや、少し違うんだ。見て真似られると言うだけで」
以前、ドルゴが通話の腕輪を作ったときにやらせてもらったやり方だ。
あのとき、リーアもその場にいたのだ。
「全く問題ないの。どんどん真似して欲しいの」
「ありがとう。早速だが、ミルカにやってみてもいいだろうか?」
俺は疲れているリーアに無理させるのは余り気が進まなかったのだ。
だが、ケーテは驚いたように目を見開いた。
「え? ロック、できるのであるか? 凄いのである」
「うん。できると思うが……」
「でも、いきなりやって失敗したら困るし、もう一度、リーアに見せてもらってからにしたらどうかしら」
ミルカは異常状態にある。だからレフィも心配なのだ。
「レフィの心配もわかるのである。うーむ……そうだ!」
「どうした?」
「まず、我にかけるのだ。我ならば多少失敗したところで、なんともないからな!」
「実験体を引き受けてくれるのか?」
「うむ。だが、ロックがミルカにしようとしていたのであろう? ならば失敗するまいしな」
「まあ、自信が無ければやろうとはしない」
さすがに、ミルカで新しい魔法を実験しようとは俺は思わない。
水の操作に関しては、前から俺もできた。
それに水竜の結界術に関しては以前も見せてもらって、ある程度理解できている。
だから、リーアの行なった結界術は、俺にとって新しい技術ではあったが、理解はできたのだ。
「さあ、やるのである!」
ケーテはフィリーとミルカの足元に横になった。
フィリーのベッドは大きく、そしてミルカもフィリーも身体が小さいので、足元は大きく空いているのだ。
「じゃあ、早速。リーア。おかしなところがあったら指摘してくれ」
「わかったの」
「ケーテ、目をつぶって、口を開けてくれ」
「うむ」
「あと、抵抗しようとするなよ? 風竜王に本気で抵抗されたら難しいからな」
「わかったのだ」
俺はリーアと同様に左手で、大気中から水を抽出して人肌に温めた。
そうしてから。右手で結界を展開していく。
ケーテの口から体内に向けて、漏斗状の結界を展開して、水を流し込んだ。
無事成功したはずである。