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320 ラックの魔法

 俺は目をつぶったままのケーテに呼びかけた。


「目を開けて良いよ。どんな調子だ?」


 ケーテは目を開けてこちらを見る。

「え? もう終わったのであるか?」

「ああ、無事おわったはずだ」


 ケーテは身体を起こして、お腹を撫でる。


「ふむう。なんも感じなかったのだ」

「水温を冷たくすれば、感じたかもな」

「そうなのであるなー」


 俺は、この術のお手本であるリーアにも尋ねる。


「どうだろうか?」

「うん。完璧なの! 私よりうまいかもしれないの」

「お世辞でも、うれしいよ」

「ううん、お世辞ではないの。ラック。一カ所、私の術式と違うところがあったとおもうのだけど……」

「ああ、漏斗状の結界を口の中に差し込むところか?」

「あ、そこはぼくも気になりました。あれにはどういう意味があるんですか?」


 術の効果に影響を与えない程度の、ごくごく小さな変化だ。

 リーアはともかく、ルッチラまで気付くとは思わなかった。


「ケーテは抵抗力が高いから少し工夫した。基本は——」

 俺が説明するとリーアとルッチラ、そしてケーテも真剣な表情で聞いていた。


「それにしても風竜王たる我の身体の中で魔法を操るとは大した物なのである」

「まあ、体内で発動させるのは難しいというか、ほぼ不可能だが、操るだけならな」

「それでも凄いのである」

「それに、厳密に言えば、口腔も食道も胃も体外とも言えるし」

「どういうことであるか?」

「いや、なに、つまりだな——」


 食道は体内ではあるが、体外とも言える微妙な存在なのだ。

 見方によっては、口から肛門までの通路は、ドーナツ状に体内に空いている穴だと考えることもできる。


 そういうことを俺はケーテたちに説明した。


「ほほう。そうであったのか」

「発動ではなく、操作するのだとしても、ケーテの体内で魔法を動かすのは、難しいかな」

「なるほどー」


 説明を終えると、俺はミルカの近くへと移動する。


「さて、成功したしミルカにも水分補給をしよう」

「ラックは、お疲れではないの?」


 心配そうにリーアは言う。

 リーアの魔力量は非常に多い。

 だが、疲れていたのは、ものすごく集中し、同時に非常に緊張しながら術を行使していたからだ。

 魔法というのは精神的な疲労が、大きく影響するのだ。


「それほど疲れてはいないよ。大丈夫」

「さすがなの! ラックはどうして、疲れないでできるの?」


 俺も集中してはいたが、緊張は余りしていなかった。

 難しい術を行使する際、緊張しないようにする練習をしているおかげだろう。


「リーアも緊張をコントロールする練習をしたら良いよ」

「今度教えて欲しいの」

「ぼくにも教えてください」

「わかった。今度教えるよ」


 そういってから、俺は改めてミルカに向き合う。

 額と頬に触れ、首に触れた。

 術を掛ける前の診察のような物だ。


「体温はやや低めかな。脈拍もおとなしめ」

「異常は無いと思うわ。きっと代謝が落ちている影響よ」


 きっとレフィの言うとおりなのだろう。

 異常が無いならば、安心して術を掛けられる。

 もっとも、起きないという異常状態にはあるのだが。


「さていくぞ」


 俺はケーテにかけたのと同じ順序で、魔法を行使していく。


 ミルカの魔法抵抗値は、ケーテよりずっと低い。

 だから、ケーテに施すよりは簡単なのだ。


「これでよしと」

 何の問題も無く、ミルカにも水分補給させることができたのだった。


 その後、レフィとリーアは、通話の腕輪の向こうのモーリス、モルスを含めて相談を始める。

 水分補給だけでなく、栄養補給も出来ないかという相談だ。


「水に何かを混ぜることは可能だと思うの」

『固形物を混ぜ込んだ物を送り込むのは難しいかと……父上はどう思いますか?』

『そうだな。砂糖ぐらいが妥当では無いだろうか。レフィ殿はどう思われますか?』

「そうね。もちろん砂糖だけでは、栄養は不足するけども、ただの水よりは相当ましなはずよ」


 相談の結果、胃に送り込む水に砂糖を混ぜることにしたようだ。


 そのとき、通話の腕輪を通じて、ドルゴが呼びかけてきた。

『ロックさん、聞こえていますか?』

「聞こえていますよ。何か問題が?」

『いえ、地竜王陛下へのご挨拶が済みましたので、いつでも地竜の里に向かっていただいて大丈夫です』

「ありがとうございます。助かります」


 ドルゴが地竜王に挨拶すると動き出してから、一時間も経っていない。

 余程急いでくれたのだろう。


『ケーテ。聞いているのだろう?』

「聞いているのだ」

『わかっているな? しっかりとロックさんをお送りしなさい』

「任せるのである」

『地竜王陛下に失礼の無いように』

「もちろんなのである!」


 ケーテは自信満々だ。


「ロック、早いほうがいい。早速行くのである」

「そうだな、頼むよ」

「ぼくも連れて行ってください」

「がうぁう」「ここここ」


 ルッチラ、ガルヴとゲルベルガさまが同行を希望した。

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