ルッチラたちをみて、ケーテが言う
「ん、構わぬのである。どうであろうか。ロック」
「いいぞ。一緒に行くか」
「いきます!」「ががう」「ここ」
「ニアはどうする?」
「私も一緒に行きたいです。お役に立てないかもしれませんが……」
「そうか。じゃあ、来てくれ」
ニアもフィリーとミルカのために何かしたいのだろう。
身体を動かしている方が、精神的に安定するというのもある。
ずっと、家で待機していると気が滅入るというものだ。
「レフィ。リーア。こちらは頼む」
「ん、任せて」
「ラック。気をつけて」
「ああ。タマ、フィリーとミルカを頼んだ」
「ぁぅ」
タマはしっかりとお座りしていた。
リーアとレフィに見送られ、俺たちは家を後にする。
王都から歩いて外に出て、そのまましばらく歩いて離れてからケーテは竜の姿に戻った。
そのケーテの背に乗り、俺たちは地竜の里を目指した。
いつものようにケーテは速い。
ガルヴもいつものように尻尾を股に挟んで、前足で俺の手をはさんでいる。
ゲルベルガさまは俺の服の中に入り、顔だけ出して気持ちよさそうに鳴いた。
「ここおう」
「ゲルベルガさまは怖くないんだな」
「ロックさんの服の中にいるからだと思います」
ゲルベルガさまはケーテの背の上を余り怖がっていない。
それよりも、フィリーやミルカの状態が心配して焦っている。
そして、その焦りをルッチラに隠そうとしている。そのように俺にはみえた。
一方、ルッチラは俺の右の袖を掴んでいた。
ちなみにニアは俺の左の袖を掴んでいる。
高いところを高速移動しているので、怖さを感じるほうが普通である。
そして、高所の高速移動が怖いだけでなく、フィリーやミルカのことが心配で緊張しているのだ。
ルッチラとニアの気持ちもわかる。
俺も油断したら、助けられなかった未来を考えて、心拍数が上がってしまう。
「ニア。ルッチラ」
「はい」「なんでしょうか」
「焦って、事態が改善するならば、いくらでも焦れば良いし、俺も焦る」
「はい」「……」
「だが、焦りは事態を全く改善しないどころか、悪化させる」
「はい」「わかります」
ニアもルッチラも表情が硬い。
俺はわざと笑顔を浮かべると、ニアとルッチラの頭を撫でた。
この状況で、不安を感じすぎず焦らずにいることは、俺の義務と言っていいかもしれない。
「ケーテ、地竜の里への入り口は、どのようなところにあるんだ?」
俺は明るい声をつくって尋るた。
「今から向かうのは山の上なのだぞ〜」
ケーテも俺の気持ちがわかっているのか、気の抜けた声で返事をしてくれた。
「山の上なのか」
地竜の里は地下にあると聞いている。
山の上とは意外な場所だ。
「うむ。入り口は山の上と湖の底である。湖の底より山の上の方がルッチラとニアには優しいであろう?」
「それはそうだな。それにしても随分と入りにくい場所にあるな」
「もちろん、地竜の里の入り口は隠されておるのだが、入り易い場所にあれば、ばれたとき面倒なのだ」
山の上や湖の底にあれば、人が大軍を動員して攻め込むのは難しい。
もしかしたら、普段は使われていない平地の入り口はあるのかもしれない。
それはきっと、あったとしてもケーテたちには教えないのだろう。
『ロック、聞こえるか?』
「ああ、聞こえる。どうしたエリック? 今、ケーテに乗って地竜の里に向かっているところだ」
『知っている。だが、さすがにリンゲインに話しを通すのは間に合わなかった』
それはそうだろう。国同士の交渉には時間がかかるのだ。
今はリンゲインの大使が昏き者どもと手を結んでいたことの後始末の最中だ。
特に面倒ごとが多そうだ。
「とはいえ、待つつもりは無いぞ? フィリーとミルカと村人たちの命がかかっているからな」
『もちろん、止めるつもりはない。何かあれば、マルグリットに連絡してくれ。俺からも連絡はしておくがな』
マルグリットはリンゲインの王都で活動中だ。
何かあったとき、マルグリットに対応してもらうのが一番早い。
それに何かあったときに真っ先に連絡しないと、マルグリット自身も困るだろう。
「わかった、もしものときはエリックと同時にマルグリットにも伝える」
『頼んだ。気をつけろよ』
そういって、エリックとの通話が終わった。
通話が終わったとき、既にリンゲイン王国との国境は超えていた。
眼下には広大で、標高の高い山脈が広がっている。
山の上の方には、万年雪が積もっていた。
「絶景ですね。ぼく、こんな景色を見たのは初めてかもしれないです」
「こここう」
「すごいです」
「ぁぅ」
ルッチラ、ゲルベルガさま、ニアは感動していた。
ガルヴは怖くて、下は見れないようだ。
「魔法で防御していなければ、ここもものすごく寒いだろうな」
「ロックさん、その魔法ってどうやっているんですか?」
「ああ、これはだな。簡単に言うと空気を固定しているんだよ」
「固定ですか?」
「ああ、空気の断熱効果は非常に高いからな」
ドーム状の空気の膜で、俺たち全体を囲っているのだ。
ちなみにケーテは身体が大きいので覆うのが大変だし、この程度の寒さには動じないので覆ってはいない。
「今度、ルッチラにも教えよう」
「ありがとうございます!」
「これができると、湖の底にも……いけなくはないかな?」
「そうなんですか?」
「いま使っている技術より、かなり難しいが基本は同じだ」
そんなことを話しているとケーテが言う。
「そろそろ到着であるが、景色をもっと見たければ、周回するのである」
ケーテなりにルッチラとニアをリラックスさせるために気を使ってくれているらしい。
「いや、大丈夫だ、ありがとう。入り口があるのはどの山だ?」
「あの山である」
そういってケーテが指さした方向には、山脈の中でも特に高い山の一つだった。
その山よりは少し低いが、充分に高い山で囲まれている。
人間が下から登ろうと思えば、高い山をいくつも超え、切り立った細い尾根を歩いて行かなければならない。
「この山々を人間が登るのは難しいな」
「であろー。だが、我ら竜ならば、難しくもないのである」
大軍を動員しても、意味が無いだろう。
「じゃあ、降りるのである」
山の頂上目がけて、ケーテは降下していった。