そんなゲルベルガに、ルッチラが声を掛ける。
「ゲルベルガさま、どうされたのですか?」
「こここ」
「そうなのですね、ふむ」
ルッチラもゲルベルガさまと同様に周囲を見回し始めた。
「ルッチラ。ゲルベルガさまはなんて?」
「はっきりとはわかりませんが、何かの気配を感じたらしいです」
「気配か。地竜の気配とは違うんだよな」
「違うと思います」
「こう」
そんなことを話している間に通路は行き止まりになった。
「さて、最後の扉なのだ。えーっと、ここを——」
ケーテが何かを操作する前に、正面の岩の壁が開いていった。
「おお、何もしてないのに開いているのである!」
ケーテが驚いているので通常では起こりえないことなのだろう。
岩の壁が開くと、向こうには美しい女性が立っていた。
その背後には数十頭の巨大な竜が互いに向き合って二列に並んでいる。
まるで、王を出迎える儀仗兵のようだ。
地竜たちは総じて水竜たちよりも大きい。
王族である風竜王ケーテやドルゴより大きい個体すら珍しくないほどだ。
「ふわあ」
見上げたルッチラが感嘆の声を上げた。
上には青空が拡がっている。
いや、天井が青空そっくりに発光しているのだ。
どういう仕組みなのか、はっきりとはわからないが、魔法と魔道具を駆使した高度な技術だろう。
天井は高く、里の面積も非常に広い。
向こうの壁が見えないほどだし、天井はケーテが勢いよく飛び回れるほど高かった。
俺たちが地竜の里の景色に目を奪われていると、ケーテが女性に向かって歩みよる。
「おお! グラン、歓迎感謝であるぞ」
どうやら、女性の名前はグランと言うらしい。
人型ということは、地竜の王族だろう。
「歓迎してないけど?」
「またまたー。ほんとグランは照れ屋さんであるな」
ケーテはガハハと笑いながら、尻尾を地面にバシバシ叩きつける。
そして、大きな指の先で、グランの頭を撫でる。
「ちょ、止めなさい。髪型が崩れる」
「がははは、本当に可愛いのであるなー」
「あんたは、さっさと人型になりなさい。もう、でかいわね」
「む?」
「なにが、む? よ。こっちは人族のお客様を出迎える準備しかしてないのよ」
「ああ、それもそうであるな。少し待っているが良い」
「門をくぐる前に人型になっておきなさいよね」
「グランは何も知らないのであるなー」
「何のことよ」
「人前で全裸になるのは人族の風習ではタブーなのだぞ?」
「そうなの?」
「うむ。人型となる以上、我らも人の風習にならわねばな。それが敬意を払うと言うことである」
「なるほど。そうだったのね」
どうやら、グランという少女は素直な性格らしい。
近くの建物に走って行くケーテを見送ると、グランは俺たちに笑顔を向ける。
「お見苦しいところをお見せいたしました。私は地竜の王太女、グラン・テレモトゥスでございます。ぜひ、グランとお呼びください」
「これはご丁寧にありがとうございます。グランさん。ラック・ロック・フランゼンです」
俺が自己紹介すると、グランは少しだけ目を見開いて、尻尾を揺らした。
居並ぶ地竜たちの気配が少しざわめいた。
声を出しているわけでもなく、動いたわけでもない。
だが、魔力が揺れたのだ。
「偉大なる大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士、ラック・フランゼン大公閣下にお会いできるなんて、光栄ですわ」
その呼び方は、以前、ドルゴが水竜の里で俺を紹介したときの称号と同じだ。
まさかとは思うが、竜たちの間で俺の呼び方はそれで定着しているのだろうか。
もしそうなら、少し嫌だ。
その後、気を取り直してルッチラたちのことも紹介する。
グランは丁寧に挨拶を返していた。
最後に、俺は肩の上にのるゲルベルガさまを紹介した。
「そして、この方が神鶏ゲルベルガさまです」
グランの尻尾が大きく揺れる。
地竜たちの魔力も大きく揺れた。
「なんと。神鶏さまにお会いできるとは思いませんでした」
「ここ」
「地竜王たる母も喜ぶことでしょう」
どうやら、地竜王は女性らしい。
その後、グランが地竜王の元に案内してくれることになった。
「ラックさま、どうぞこちらへ」
グランは自然な動作で、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「あ、あの」
「どうされました?」
グランは満面の笑顔だ。
もしかしたら地竜の文化では案内するときには、そういう風にするものなのかもしれない。
郷には入れば郷に従うべきである。
ケーテでは無いが、それが敬意を払うということなのだ。
俺はグランに腕を組まれた状態で、整列する地竜たちの間を歩いて行く。
その後ろをニアやルッチラが付いてくる。
「がうがうがう」
ガルヴが地竜たちにじゃれつきたいのか、地竜たちの回りを走る。
「ガルヴ、やめなさい」
「がぁぅ」
たしなめると、ガルヴは大人しく俺の横に来た。
だが、地竜たちを見て、尻尾を勢いよく振っている。
水竜たちに遊んでもらったおかげで、竜は遊んでくれるものだと思っているのだろう。
「待たせたのである」
後ろから人型になったケーテが走ってきた。
そして、グランの横に並ぶ。
「む? グランは甘えん坊であるなー。ロックの腕に抱きつくとは」
「黙りなさい」
「仕方のない、グランであるなー」
そういって、ケーテはグランの頭を撫でまくった。