ケーテに頭を撫でられて、グランは嫌そうな少し照れているようなそんな複雑な表情をしている。
「頭を撫でるのは、やめなさい」
「グラン、地竜王陛下は息災であるか?」
「息災ですわ」
「そうであるか。なによりであるな。ところで、グランが地竜王になる日も近いのではないか?」
竜たちの王位継承は人たちのそれとは考えた方が違うのだ。
王が元気で、子供たちより強い時期に継承するものなのだ。
子供たちがもめたとき、前王が力で押さえつけられるようにするためだ。
王位継承の争いが起これば、大陸の形が変わりかねない竜ゆえの仕組みである。
「そうね。そろそろだと思うけど」
竜たちのそろそろは、人とはスケールが違う。
三十年後でも、竜はそろそろと言うだろう。
「即位式には是非ラックさまにもおいでいただきたいですわ」
「ありがとうございます。そのときは是非」
とはいうものの、俺が生きている間に即位式が行なわれる可能性はさほど高くないだろう。
竜の考える年月は、人のそれとは全く違うのだ。
しばらく歩いて、ひときわ大きな建物の前にやってきた。
エリックの王宮よりもずっと大きい。
「ここが地竜の王宮です。ラックさま、そして徒弟の方々、ゲルベルガさまとガルヴさんもどうぞお入りください」
「ありがとうございます」
「我も久しぶりなのだ。十年ぶりであるな」
「……四年と八ヶ月よ」
「そうであったかー」
ケーテは余り気にしてない様子でガハハと笑っている。
竜の時間感覚は本当に大雑把だ。
俺たちは地竜の王宮の中をグランの案内で歩いて行く。
地竜の王宮は、巨大な地竜が使うことを前提としているので、全てが大きかった。
王宮に入ってから十分ほど歩いて、地竜が楽にくぐれるほど大きな扉の前に到着した。
木でも石でも金属でもない、不思議な素材の扉だ。
「こちらです」
グランはそういうと、拳で力強く扉を叩いた。
まるで殴りつけるようにして叩いている。
人型だと、扉に比して身体が小さすぎるので、指でノックするのでは意味が無いのだろう。
「母上。偉大なる大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士、ラック・フランゼン大公閣下とお連れの方々がいらっしゃいました」
「お入りなさい」
グランは巨大な扉を軽々と開ける。
人の力では扉を開けるのも一苦労だろう。
「ようこそおいでくださいました」
そういって、駆け寄ってきたのは、妙齢の女性だった。
その身長の高さが目を引いた。
恐らく人族の中では背の高いゴランより、二回りぐらいさらに背が高い。
「地竜王ローレ・テレモトゥスです。是非、ローレとだけお呼びください。偉大なる大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士、ラック・フランゼン大公閣下にお目にかかれて光栄ですわ」
ローレも、ドルゴが水竜たちに俺を紹介したときの呼称で俺を呼ぶ。
まさかと思っていたが「偉大なるなんとか」というのは竜の間で定着しているのかもしれなかった。
「地竜王陛下、いえ、ローレさん、お目にかかれて光栄です。ラックです。こちらは……」
俺は丁寧にルッチラやニアを紹介した。
それが終わるとゲルベルガさまを紹介する。
「まあ、神鶏さまにまでお目にかかれるとは思いませんでしたわ」
「ここ」
「そしてこの子は霊獣狼のガルヴです」
「がう」
「可愛らしいですわね。撫でてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。ガルヴ。おいで」
「がーうがうがうがう」
ガルヴが大喜びでローレにじゃれつきにいく。
狼の中でも、特に大きな部類に入るガルヴにとっても、ローレの身長は高い。
後ろ足で、ぴょんぴょん跳んで、顔を舐めようとしていた。
「こら、ガルヴ、余り調子に乗らないの」
「気にしないでください。私は動物が好きなのですよ」
ローレはしゃがんで、ガルヴに視線をあわせて撫でまくる。
ガルヴは大喜びで、ローレの顔をベロベロ舐めていた。
「地底ではあまり動物とふれあう機会がありませんから」
ローレはガルヴをモフモフしまくっている。
ガルヴは子狼なのに体が大きいので、力一杯じゃれつけることが少ない。
だから、ガルヴはじゃれつける竜のことが好きなのだろう。
ガルヴを撫でながら、ローレは笑顔でケーテを見た。
「風竜王陛下もご壮健そうね」
口調こそ丁寧だが、ローレはガルヴを撫でる手を止めていない。
非公式の会合とは言え、どちらかというと娘の友達に対応しているかのような態度だ。
「うむ。我は元気なのであるぞ!」
「お父上はお元気かしら」
「父上も元気なのである! 地竜王陛下は相変わらず、力が漲っているのだなあ」
「まだまだ若い者には負けないわ。そろそろ、グランに王位を譲る頃合いだとは思うのだけど」
「そうであるかー。そのときはお祝いに駆けつけるのだ」
思う存分、ガルヴを撫でると、ローレは言う。
「さて、ラックさま。貘について聞きたいとか?」
「はい。その通りです」
「ラックさまは、伝承にご興味が?」
「伝承は好きですが、今回はそういう目的ではありません」
「なるほど、やはり、神鶏さまとの関連ですか?」
「ここ」
どうやらローレは俺たちが貘についての情報を求めている理由を知らないらしい。
「それも違います。実は——」
俺が事情を説明すると、ローレとグランは驚いた様子だった。