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327 神獣モルペウスその2

 モルペウスさまのことを語るグランの目は優しかった。


「私は、幼い頃、毎日モルペウスさまに抱きついて眠っておりましたわ」

「今も、でしょう?」

「母上! 今はたまにですわ!」


 照れているのか、グランの頬が赤くなる。


「あー、だから、風竜王の宮殿に来たとき、眠れないとか騒いでいたのであるなー」

「そ、そんなことあったかしら」

「あったのであるぞ? ほら我に抱きついて寝てたであろ? グランは甘えん坊であるからなぁ」

「そ、そんな……こと」


 ケーテはグランの頭をわしわし撫でて、グランは耳まで真っ赤にさせている。


 どうやら、ローレとグランの話を聞く限り、モルペウスさまは心優しいらしい。

 人に危害を加えるような性格でも無いのだろう。

 そうなると、わからない点がある。


「モルペウスさまがグランさまのお友達だと言うことはわかりました。ですが、モルペウスさまがフィリーとミルカを眠らせた理由がわかりませ

ん」

「寿命が長く、生命力の強い地竜と人族を混同しているのかもしれぬぞ?」


 真面目な顔でケーテが言う。

 もしそうならば、モルペウスさまに出会ってお願いすれば解決だ。


「恐らくはそういうことでも無いと思いますわ」

「そうなのであるか? 多種族から見たら区別は付きにくいものであるぞ? ゴブリンと人族も練習しないと見分けるのは難しいのだ」

「……モルペウスさまが、ゴブリンと人族の区別が付かないバカのわけありませんわ」

 呆れたようにグランが言う。


「バ、バカ」

「?」

 最近までゴブリンと人族の区別が付かなかったケーテはショックを受けていた。

 だがグランは、きょとんとしていた。

 まさかケーテがそうだったとは思いもしないのだろう。


「ましてや、地竜と人族の区別が付かないわけがないではありませんか」


 そのとき、話を聞いてたニアとルッチラが言う。


「じゃあ、どうして、その優しいモルペウスさまが、フィリー先生たちを眠らせたのですか?」

「フィリー先生とミルカは安全なロックさんの家にいました」

「何かの襲撃も何かの攻撃も無かったんです。あったらさすがに気付きます。だからフィリー先生とミルカ恐怖は感じていなかったと思います」


 なのに、どうしてフィリーとミルカは眠っているのか。

 ニアとルッチラが不思議に思う気持ちはわかる。


「なぜ、ラックさまのお仲間を眠らせたのか、私たちにもわかりません。ですが……」


 そこまで言ってローレは言いよどむ。心当たりはあるが確信はない。そんな雰囲気だ。

 だが、グランははっきりと言う。


「モルペウスさまの権能は眠らせることではありません。権能はあくまでも精神を司るというものです。確信はありません。何があったのかも、私にはわかりません」

「つまり、確信はなくとも、心当たりがあるのだな? ならば早く言うのである」

「……何らかの攻撃から守ろうとしたのだと思います」

「何らかの攻撃ってなんであるか?」

「それはわかりませんが、権能から考えるに、精神的な攻撃でしょう」

「ふむ? わからないことが増えたのであるぞ? なあ、ロック」

「そうですね。精神的な攻撃とは何か。

 それを受けたとしてなぜ眠るのか。

 なぜ、目覚めないのか。

 それに、そもそも攻撃を受けたことをなぜモルペウスさまは察知したのか。

 察知した後、どうやって駆けつけたのか知りたいですね」


 俺が尋ねると、グランは頷く。


「まず、説明しやすいことから。攻撃を察知した理由は、近くに貘の護符があったからでしょう。バクの刻印のあるところ、モルペウスさまの加護がありますから」

「これは、護符だったのですか?」


 俺はインゴットを指さした。


「はい。それは護符です」

「昏き者から回収した戦利品の一つなのですが……」

「ヴァンパイアが貘を信仰しているとも思えないのである」

「なぜ昏き者がモルペウスさまの護符を持っていたのかはわかりません。ですが護符があったからモルペウスさまは精神的な攻撃から守るために駆けつけたのかもしれません」

「私はそう信じておりますわ」


 ローレに比べて、グランは強く確信しているようだ。


「わかりました。ですが、察知できたとして、モルペウスさまは駆けつけることができるものなのでしょうか?」

「ラックさまの疑問はわかります。私も正しく理解できているかわからないのですが、精神を司る神獣たるモルペウスさまは、精神世界に入ることができます。そして、精神世界では現実世界の距離は関係ありません」

「つまり、転移も可能ということであるか?」

「夢の中で部屋の扉を開けたら、遙か遠くの森の中だった、ということもありうるでしょう?」

「たしかに、そういうものかもしれないのである」


 ケーテはうんうんと頷いている。

 俺たちが納得した様子なのを見て、グランは続ける。


「次になぜ眠るのかですが、恐らく、ラックさまのお仲間の精神はモルペウスさまによって精神世界で保護されたのでしょう」

「精神だけ? 肉体を残してであるか?」

「はい。精神世界に入れるのは精神だけです。モルペウスさまは例外です」


 精神を司る神獣たるモルペウスさまは、肉体も精神的なものに近いのかもしれなかった。


「そして『精神的な攻撃とは何か』は、私にもわかりません。ですがモルペウスさまが保護されたのですから、危険な攻撃なのだと思います」

「ふむー。もしかして、まだ目覚めないのはまだ攻撃が続いているとのであるか?」

「むしろ、モルペウスさまに何かあった可能性の方が高いかもしれません」

「何かとはいったいなんであるか?」

「それはわかりませんわ」


 つまり、敵が何者なのかも、敵の目的も、何もかもがわからないということだ。


「ですが、ラックさまのお話にあった、そのヴァンパイアもどきですが」

「あやつが、攻撃を仕掛けたと?」


 俺が尋ねると、グランはゆっくりと考えながら語っていく。


「まず、ラックさまが剣で斬っても、手応えがなかったという点。魔神王の剣で斬られて、そのようなこと普通に考えたらありえません」


 俺の剣が魔神王の剣だということは、言っていないのだが知っているようだ。


「ヴァンパイア、もしくはそれに類するものの精神体である可能性があると私は考えています」

「精神体ですか……それはまた」

「ヴァンパイアの精神体が存在するなんて聞いたことがないです」


 ニアが驚いたように言う。どうやら、狼の獣人族も知らないようだ。

 ヴァンパイアの精神体とは、地竜だけが知っている存在なのだろうか。

 そう思ったのだが、グランは言う。


「我々も、ヴァンパイアの精神体の存在を確認したことはありません」

「ではなぜ?」

 グランはヴァンパイアの精神体がいると思ったのだろうか。


「先ほども申したとおり、魔神王の剣が通じなかった点。それに神の加護に守られた王都で攻撃を仕掛けるならば精神的な存在以外にほとんど考えにくいからです」


 魔神王の剣が通じなかったから、精神体の存在を疑うのはわかる。

 それに他に候補が無いならば、有力な容疑者として考えておくのが妥当だろう。


「ちなみにほとんど考えにくいということは、他にも王都で攻撃を仕掛ける者の候補はいるのですか?」

「神や、モルペウスさまと同じような権能を持つ神獣とかでしょうか」


 それはつまり、実質的にいないと言っているのと同義だ。


「ところで、グランさん、ヴァンパイアもどきは魔法を行使していたのですが、精神体は魔法攻撃できるものなのですか?」

「それは私にもわかりません。ですが、普通に考えたら魔法行使できるとは思えないのですが……申し訳ありません」


 グランの常識でも、精神体は魔法行使することは出来ないようだ。


 正直なところ、俺には判断が付かない。

 ヴァンパイアもどきが本当に精神体なのかもわからない。

 フィリーとミルカがどのような攻撃を受けたのかもわからない。 

 モルペウスさまがなにをしたのかもわからない。


 だが、モルペウスさまは悪い存在ではない。

 それは信用していい気がした。


「保護されたはずのラックさまのお仲間が目覚めていないならば、モルペウスさまが、敵の攻撃によって、窮地に陥っている可能性は高い気がします」


 モルペウスさまが無事ならば、攻撃を凌いだ後、何事もなく目覚めるはずだ。

 そうグランは考えているらしい。


「……フィリー先生とミルカの精神は大丈夫なのですか?」

 ルッチラが心配そうに尋ねる。


「精神が亡くなれば、肉体もさほど時間を空けずに亡くなります。眠っているならば、精神は無事です」


 それならば、ひとまずは安心だ。

 モルペウスさまに何かあって、フィリーたちが目覚めないならば、助けにいけばいい。


「それで、モルペウスさまはどこにいらっしゃると思いますか?」

 俺が尋ねると、ローレは少し考えて口を開いた。


「……恐らく精神世界でしょう。精神世界で、ラックさまのお仲間を保護しているのだと思います」

「そんな精神世界になんて、手を出しようが無いじゃないですか……」

「こここ」


 ルッチラががっくりとしてひざを付く。

 それを慰めるようにゲルベルガさまがルッチラの背に飛び移って鳴いた。

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