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329 賽の神

 俺はローレとグランに尋ねる。

「どこからならば、モルペウスさまの場所に行けますか?」


 ローレもグランも、大切なモルペウスさまが窮地に陥っているいうのに、焦っていないように見えた。

 だから、きっとなんとかする手段に心当たりがあるのだろう。

 そう、俺は確信していた。いやそう願っていると言ったほうがいいのかもしれない。


「確実なことは言えません……」

「可能性があるのは、賽の神の神殿です」


 王たるローレは曖昧なことを言いにくいのだろう。

 だが、グランははっきりと言った。


「これまで賽の神の神殿には力はありませんでした」


 もし境界を司る賽の神の神殿に何らかの力があるならば、昏き者どもは絶対に見逃さないだろう。

 なにせ昏き者どもは次元の狭間を開くために、手を尽くしていたのだから。


「ですが、賽の神がこちら側に来たことで、神殿にも何らかの特殊な力がもたらされた可能性があります」

「何らかのといいますと?」

「断言はできませんが、恐らく賽の神の権能に関わることでしょう」

「次元の狭間の入り口を開く力が神殿にもたらされたということでしょうか?」

「それは一部です。賽の神の権能はそれにとどまりません」


 賽の神は境界を司る権能を持つ。


「つまり、精神世界との境界を超えることもできると?」

「可能性はあります。いえ、私はその可能性が高いと思っています」


 グランは力強くそういうと、尻尾を大きくぐるんと回した。


「ロックさん。賽の神の神殿って、昏き者どもに与していた大使の仲間が占拠しているんですよね?」


 ニアが心配そうに言う。


「え?」


 グレンが驚いて声を上げると、母であるローレの方を見た。

 ローレは無言で厳しい表情を浮かべる。

 どうやら、地竜たちは賽の神の現状を知らなかったようだ。


「ああ、マルグリットたちが攻めあぐねているという話しだったな」

「昏き者どもの仲間が占拠したのは、神殿に次元の狭間の入り口を開く力が発生したことを察知したからかも?」


 ルッチラの指摘は正しいのかもしれない。

 そうでもなければ、賽の神の神殿を占拠する理由が無いからだ。

 そして、マルグリットとセルリスとシアがいて、落とせていないのだ。

 敵は神殿の持つ力を利用している可能性が高い。


「昏き者どもに与する者たちが、賽の神の神殿を占拠しているのに次元の狭間の入り口が開いていないということも重要だな」

「ロックの言うとおりなのだ。きっとモルペウスさまが防いでくれているのかもしれぬのである」

「敵に占拠されているならば、急いだ方が良いかもしれません」


 グランが少し焦り始めた。


「落ち着いてください。……ローレさん。グランさん。賽の神の神殿の現状に詳しい者に聞いてみましょう」

「是非お願いします」


 地竜王であるローレの許可をもらって、俺は通話の腕輪を起動する。

 会話の相手はマルグリットだ。


「マルグリット。忙しいところすまない。緊急の用件だ」

『……どうしたの?』

「賽の神の神殿の現状を教えてほしい」


 理由を説明すると長くなるので、知りたいことから聞いてみた。


『賽の神の神殿全体が昏き神の加護で覆われていて、神殿内には手を出せない状態ね』


 マルグリットも最初に緊急の用件と言っているので、理由を尋ねてこなかった。

 昏き神の加護が発動しているということでわかることがある。

 まず、敵は昏き神の加護を発生装置を持っていること。

 そして、中に立て籠った人族は脅威ではないと言うこと。

 昏き神の信徒であっても、人間ならばその影響は受ける。

 その人間が強ければ強いほど、耐えがたい苦痛が身体をむしばむのだ。

 中に強い人間がいれば、半日が過ぎる前に苦痛の余り死ぬだろう。


「賽の神は——」

『うん。昏き神ではないわ。だから不思議なの。昏き神の神殿が、賽の神の神殿に偽装していたのかしら』

「可能性はあるが、賽の神の神殿を昏き神の信徒が占拠していると考えた方が自然だろう」

『ロックはどうしてそう判断したのかしら。気になるからあとで教えてもらうわよ』

「もちろん」

『それで、敵が引きこもっているだけなら良いのだけど』

「向こうからも攻撃があるのか?」

『そう。それも定期的に、不規則な間隔で強力な魔物が飛び出してくるの。セルリスとシアさんが交替でその魔物を倒してくれているけど』

「なるほど。ちなみにどんな魔物だ?」


 ヴァンパイアか、ゴブリンか。もしくは魔装機械の類いか。

 マルグリットが強力な魔物というからには、ゴブリンならばロードクラスだろう。


『ダークレイスっぽい魔物が多かったのだけど、今朝から魔神っぽいのが出てくるようになったわ』

 マルグリットが恐ろしいことを言い出した。

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