魔神が出てきているならば、話しが変わってくる。
「なんだと? 魔神が出てきているならば、早く言ってくれ」
魔神は、神と名付けられているが、神ではない。
魔神王は亜神と言っていい存在だが、ただの魔神は亜神の眷属にすぎないのだ。
神性もゲルベルガさまやモルペウスさまよりも低いだろう。
だが、神性が低くとも脅威なのは変わりない。
魔神は次元の狭間を通ってやってくる向こうの世界の魔物なのだ。
魔神が出てきたと言うことは、次元の狭間の入り口が開いている可能性が高くなる。
『魔神ではないわ。魔神ぽいのよ』
「ぽい? どう違うんだ?」
『レイスの亜種かしら。霊体に近いわね。何かの影。もしくは魔神を模倣した何かのような気がするわ』
ぽいなにか。
ヴァンパイアもどきのときにも思ったことだ。
「それでも、俺にも連絡してくれ。万が一と言うことがある」
『そろそろしようとしていたところよ』
「とにかく、今からいく」
『ん、お願い。セルリスも喜ぶわ。それで、どのくらいかかるのかしら』
俺とマルグリットの会話を聞いていたケーテが横から言う。
「すぐなのである!」
『あら、ケーテもいるのね』
「ずっと聞いていたのであるぞ。我がみなを乗せて向かうからすぐつくのである」
「ということで、マルグリット、根回しは頼む」
『わかったわ、巨大な竜が飛んでくるから驚かないようにって皆に言っておくわ」
普段、ケーテに乗って王都を出入りするときは、遠くで降りることにしている。
王都の民を怯えさせないためだ。
だが、今は時間がもったいない。
それに、賽の神の神殿はリンゲインの王都から離れている。
マルグリットの配下と、リンゲインの文官と軍属しかいないだろう。
それならば、事前に言っておけば混乱は防げるはずだ。
「私も参ります。モルペウスさまの窮地ですから」
「グランさん。私たちにお任せください」
俺はなるべく優しくそう言った
グランの手は少し震えていたからだ。
今でもグランは臆病なのだ。それこそモルペウスさまを抱っこしなければ眠れないぐらいには。
「いえ、私も行きます。王太女として行かなければならないと思います」
「私からもお願いいたします。足手まといになれば切り捨ててもかまいません」
ローレからも頼まれてしまった。
きっと、グランにとって、他人任せに出来ないことなのだ。
ならば、断るべきでは無い。
グランは、見た目こそ幼いが、俺たちよりずっと年上だろう。
それに、誇り高く、責任のある地竜の王族なのだ。
危険があっても、向かいたいというならば、その意思は尊重すべきだ。
「……わかりました。ですが、ケーテの背に乗れますか?」
俺がそう尋ねたのは、グランが高所と速度を怖がると思ったからでは無い。
ケーテ、つまり王の背に乗るというのは竜にとっては特別な意味を持つのだ。
水竜のモルスは、ケーテの背に乗ったら、父のモーリスに殺されかねないとすら言っていた。
「走って追いかけます」
「もし、グランさんが風竜王なみに速く走れたとして——」
「我はグランが走るよりずっと速いのであるぞ?」
心外そうにケーテは言う。
風竜として、その速さに誇りを持っているのだろう。
「例えばの話だ。もし、仮に走ってついて来れたとしても、そんなに速く地上を走れば人が怯えます」
ケーテは上空を飛ぶので、地上から見ても鳥にしか見えない。
だが、巨大な地竜が地上を疾駆する姿を見れば、人は恐怖するだろう。
「そうですね。ですが……」
「ケーテの背に乗ることは、どうしてもできませんか?」
やはり、竜族にとって王の背に乗るというのは大変なことらしい。
「うむ、わかったのである。ならば、我がグランを抱っこしてやろう」
「抱っこ?」
「抱っこならば昔もしてやったし、構わぬであろう? ローレ陛下もそうおもうであろ?」
「抱っこですか。うーん。それならば……」
竜基準ではギリギリだが、抱っこはいいらしい。
「まあ、抱っこというか、身体の大きさが違うゆえな。手の平に乗ってもらう形になるかもしれぬが」
「それで、構いませんか?」
「……はい。お願いします」
そう答えたグランに、ローレが厳しい目を向ける。
「グラン?」
「……ケーテさま、ご厚情に感謝いたしますわ」
「気にするでないのである!」
ケーテはガハハと笑った。
どうやら、ケーテにお礼を言っていないことに、ローレは怒ったらしい。
『……聞き逃せない言葉が聞こえましたが』
マルグリットの口調は少し厳しい。しかも敬語になっている。
王太女のことを紹介もせず、しかもその王太女が行くことを、勝手に決めたことを暗に責めているのだろう。
「マルグリットすまない。通話の腕輪ごしにだが紹介しよう」
俺はグランとローレのことをマルグリットに紹介し、マルグリットのことを二人に紹介した。
マルグリットは地竜王と王太女と聞いて胸をなで下ろしたようだ。
人の儀礼にも、そもそも人の国家にも、竜は縛られることは無い。
竜が好き勝手やったとしても、基本的に外交問題にはなりえないのだ。
『お待ちしておりますわ。王太女殿下』
「ご苦労をおかけします」
そして、俺たちは賽の神の神殿へと向かうことになった。