目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

332 賽の神の神殿

 簡単に省略して説明したので、あまり時間はかかっていない。

 だが、ケーテが速かったのだ。

 地竜の里を出たときに夕焼けで赤かった空は、暗くなりつつもまだ赤かった。


「あれが、賽の神の神殿ということは、マルグリットはあっちかな?」


 賽の神の神殿の近くにかなり大きな木の建物が建っている。

 マルグリットが指揮を執るための拠点なのだ。

 きっと、マルグリット自身と、セルリスとシアだけではく、文官たちも泊まっているのだろう。


 その建物の周囲には、テントが十張りほど建てられている。

 テントと言っても、しっかりしたものだ。

 多少の嵐が来ても、大丈夫なようにみえる。

 テント一張りに四、五人は寝泊まりできそうだ。

 長期戦を覚悟した備えに見えた。


「あ、グランさん。私のことは是非ロックとお呼びください」

「ラックさまではだめなのですか?」

「一応、正体を隠しているのですよ」

「そうだったのですね!」


 グランは驚いている。

 最近目立ちすぎているので、グランが驚くのもわかる。

 俺自身、反省しなければならないだろう。


 そんなことを話している間にもケーテはゆっくりと降りていく。


「こういうときはゆっくり降りなければならぬからな! 驚かせてしまうのである」


 建物の近くへ、ケーテが降りていくと、哨戒に当たっていた者たちが顔をこわばらせる。

 テントの中にいた者たちも出てきて、ケーテを見て息をのんだ。

 だが、怯えてはいても恐慌状態に陥らないのは、事前にマルグリットが説明してくれたおかげだろう。


 そして、ケーテが降りてくるところに、マルグリット、セルリス、シアが待ってくれていた。

 俺たちが全員地面に降りると、

「先ほどは通話の腕輪越しに失礼いたしました。良くおいでくださいました。歓迎いたします」

「歓迎感謝いたします」


 マルグリット、セルリス、シアとグランが、改めて互いに簡単に自己紹介を済ませる。

 それが終わると、マルグリットは俺に言う。


「早かったわね」

「ケーテのおかげで、なんとか太陽が沈むまでには間に合ったな」


 それを聞いたセルリスとシアが笑顔で言う。

「でも、あと数分で太陽は沈んじゃうわ」

「日没後は昏き者どもの世界。いつ敵が出てきてもおかしくないでありますよ」


 セルリスとシアは緊張していない。だが油断もしていないようだ。


「少し見ていない間に、いい面構えになったな」

「そ、そうかしら」「えへへ」


 セルリスとシアは照れているようだった。


「こちらの状況は説明した通りだ」

「ロックさんは、これからどうするであります?」

 シアがニアの頭を撫でながら言う。


「とりあえず、神殿を調べる。昏き神の加護に覆われているんだろう?」

「そうなの。神殿の外まで昏き神の加護は及んでいて、その中に足を踏み入れたら敵が出てくるわ」

「厄介だな」

「そう、厄介なの」

 セルリスは鼻息が荒い。やる気に満ちあふれているようだ。


 昏き神の加護の中で戦うのは非常に不利だ。

 敵が出てくるならば、近づかないほうがいい。


「足を踏み入れなくても、定期的に敵が飛び出してくるでありますよ」

「それを倒すので精一杯といったところね」


 前線で戦っているシアとセルリスの言葉は重要だ。


「マルグリットはどう見てる?」

「実際の戦闘は、ほぼセルリスとシアさんにお任せだから、二人に聞いてくれたら間違いないわ」

「なるほど。ところで、あの建物はできるだけ残したほうがいいのか?」

「そんなことはないわね。建て直せば良いだけだし」

「なっ」


 遺跡マニアのケーテが、マルグリットと神殿を交互に見る。

 文句を言いたいが、人族の建物だから、口を出していい物か悩んでいるのだろう。


「ケーテ。安心して。神殿が作られたのは三十年前よ」

「なんだ〜。つい最近であるな」


 竜の感覚で言えば、三十年前はつい昨日のようなものだろう。

 遺跡とは呼ばないのかもしれない。


「あ、だが、人族は寿命が短いのだ。もしかしたら失われた技術とか」

「大丈夫。あの神殿を作った大工さんは、今は六十五歳。熟練の名工となって活躍中よ」

「そうであるか。ならば安心であるな!」

「私も壊す可能性は考えたから、調べておいたの。壊していいか尋ねたら、大工さんはやる気だったわ。未熟な頃の仕事をやり直せるって」


 建物を壊してもいいならば、やれることが多くなる。


「中の人間は?」

「殺して良いかってこと? 生きているならば、なるべくなら捕まえたいわね。情報を吐かせたいし」

「了解した。それじゃあ、早速実際に見てみる。ケーテ、ガルヴ。ゲルベルガさまを頼む」

 俺はケーテの大きな手にゲルベルガさまを乗せた。


「任せるのだ」「があぅ」


 ゲルベルガさまは神性が高いため、昏き神の加護の影響を最も強く受けてしまう。

 ガルヴも霊獣狼なので、影響は強く受けてしまう。

 ゲルベルガさまとガルヴを策もなく近づけるのは、無駄に苦しめるだけである。


「私も同行します」

「私も! そちらの説明はあとで聞くわ。こちらの状況を私がロックさんとグレンさんに説明するわ」

「ぼくも同行させてください」


 グランとセルリス、ルッチラが同行を申し出てくれた。


「じゃあ、ニア、状況説明を頼む」

「お任せください!」


 俺はグレン、セルリス、ルッチラと一緒に賽の神の神殿へと歩いて行く。

 歩きながら、エリック、ゴラン、ドルゴ、水竜たち、そしてケーテに通話の腕輪を繋げる。


「エリック、今、俺たちは賽の神の神殿にいるんだが」

『……随分と急だな』

「『ふお?』」


 ケーテの驚く声が、少し離れた場所からと通話の腕輪から二重で聞こえた。


「報告が遅れた。色々あってな。詳しくはケーテに聞いてくれ」


 ケーテに説明させるために通話の腕輪に繋げたのだ。


『まあいい。それで、何が必要なんだ?』

「話が早い。昏き神の加護を無効化する魔道具が必要だ」

『……わかった。なるべく早く届けさせよう』

「頼む」


 これで、昏き神の加護をどうにもできなくとも、しばらく待てばなんとかできるだろう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?