簡単に省略して説明したので、あまり時間はかかっていない。
だが、ケーテが速かったのだ。
地竜の里を出たときに夕焼けで赤かった空は、暗くなりつつもまだ赤かった。
「あれが、賽の神の神殿ということは、マルグリットはあっちかな?」
賽の神の神殿の近くにかなり大きな木の建物が建っている。
マルグリットが指揮を執るための拠点なのだ。
きっと、マルグリット自身と、セルリスとシアだけではく、文官たちも泊まっているのだろう。
その建物の周囲には、テントが十張りほど建てられている。
テントと言っても、しっかりしたものだ。
多少の嵐が来ても、大丈夫なようにみえる。
テント一張りに四、五人は寝泊まりできそうだ。
長期戦を覚悟した備えに見えた。
「あ、グランさん。私のことは是非ロックとお呼びください」
「ラックさまではだめなのですか?」
「一応、正体を隠しているのですよ」
「そうだったのですね!」
グランは驚いている。
最近目立ちすぎているので、グランが驚くのもわかる。
俺自身、反省しなければならないだろう。
そんなことを話している間にもケーテはゆっくりと降りていく。
「こういうときはゆっくり降りなければならぬからな! 驚かせてしまうのである」
建物の近くへ、ケーテが降りていくと、哨戒に当たっていた者たちが顔をこわばらせる。
テントの中にいた者たちも出てきて、ケーテを見て息をのんだ。
だが、怯えてはいても恐慌状態に陥らないのは、事前にマルグリットが説明してくれたおかげだろう。
そして、ケーテが降りてくるところに、マルグリット、セルリス、シアが待ってくれていた。
俺たちが全員地面に降りると、
「先ほどは通話の腕輪越しに失礼いたしました。良くおいでくださいました。歓迎いたします」
「歓迎感謝いたします」
マルグリット、セルリス、シアとグランが、改めて互いに簡単に自己紹介を済ませる。
それが終わると、マルグリットは俺に言う。
「早かったわね」
「ケーテのおかげで、なんとか太陽が沈むまでには間に合ったな」
それを聞いたセルリスとシアが笑顔で言う。
「でも、あと数分で太陽は沈んじゃうわ」
「日没後は昏き者どもの世界。いつ敵が出てきてもおかしくないでありますよ」
セルリスとシアは緊張していない。だが油断もしていないようだ。
「少し見ていない間に、いい面構えになったな」
「そ、そうかしら」「えへへ」
セルリスとシアは照れているようだった。
「こちらの状況は説明した通りだ」
「ロックさんは、これからどうするであります?」
シアがニアの頭を撫でながら言う。
「とりあえず、神殿を調べる。昏き神の加護に覆われているんだろう?」
「そうなの。神殿の外まで昏き神の加護は及んでいて、その中に足を踏み入れたら敵が出てくるわ」
「厄介だな」
「そう、厄介なの」
セルリスは鼻息が荒い。やる気に満ちあふれているようだ。
昏き神の加護の中で戦うのは非常に不利だ。
敵が出てくるならば、近づかないほうがいい。
「足を踏み入れなくても、定期的に敵が飛び出してくるでありますよ」
「それを倒すので精一杯といったところね」
前線で戦っているシアとセルリスの言葉は重要だ。
「マルグリットはどう見てる?」
「実際の戦闘は、ほぼセルリスとシアさんにお任せだから、二人に聞いてくれたら間違いないわ」
「なるほど。ところで、あの建物はできるだけ残したほうがいいのか?」
「そんなことはないわね。建て直せば良いだけだし」
「なっ」
遺跡マニアのケーテが、マルグリットと神殿を交互に見る。
文句を言いたいが、人族の建物だから、口を出していい物か悩んでいるのだろう。
「ケーテ。安心して。神殿が作られたのは三十年前よ」
「なんだ〜。つい最近であるな」
竜の感覚で言えば、三十年前はつい昨日のようなものだろう。
遺跡とは呼ばないのかもしれない。
「あ、だが、人族は寿命が短いのだ。もしかしたら失われた技術とか」
「大丈夫。あの神殿を作った大工さんは、今は六十五歳。熟練の名工となって活躍中よ」
「そうであるか。ならば安心であるな!」
「私も壊す可能性は考えたから、調べておいたの。壊していいか尋ねたら、大工さんはやる気だったわ。未熟な頃の仕事をやり直せるって」
建物を壊してもいいならば、やれることが多くなる。
「中の人間は?」
「殺して良いかってこと? 生きているならば、なるべくなら捕まえたいわね。情報を吐かせたいし」
「了解した。それじゃあ、早速実際に見てみる。ケーテ、ガルヴ。ゲルベルガさまを頼む」
俺はケーテの大きな手にゲルベルガさまを乗せた。
「任せるのだ」「があぅ」
ゲルベルガさまは神性が高いため、昏き神の加護の影響を最も強く受けてしまう。
ガルヴも霊獣狼なので、影響は強く受けてしまう。
ゲルベルガさまとガルヴを策もなく近づけるのは、無駄に苦しめるだけである。
「私も同行します」
「私も! そちらの説明はあとで聞くわ。こちらの状況を私がロックさんとグレンさんに説明するわ」
「ぼくも同行させてください」
グランとセルリス、ルッチラが同行を申し出てくれた。
「じゃあ、ニア、状況説明を頼む」
「お任せください!」
俺はグレン、セルリス、ルッチラと一緒に賽の神の神殿へと歩いて行く。
歩きながら、エリック、ゴラン、ドルゴ、水竜たち、そしてケーテに通話の腕輪を繋げる。
「エリック、今、俺たちは賽の神の神殿にいるんだが」
『……随分と急だな』
「『ふお?』」
ケーテの驚く声が、少し離れた場所からと通話の腕輪から二重で聞こえた。
「報告が遅れた。色々あってな。詳しくはケーテに聞いてくれ」
ケーテに説明させるために通話の腕輪に繋げたのだ。
『まあいい。それで、何が必要なんだ?』
「話が早い。昏き神の加護を無効化する魔道具が必要だ」
『……わかった。なるべく早く届けさせよう』
「頼む」
これで、昏き神の加護をどうにもできなくとも、しばらく待てばなんとかできるだろう。