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333 昏き神の加護

 ケーテがエリックたちに説明を開始するのと同時に、セルリスが言う。


「ロックさん、そろそろよ」


 セルリスがそういって、地面に置かれた赤い石を指さした。

 赤い石は、神殿を囲むように等間隔で置かれている。

 恐らく目印のためにセルリスたちが置いたのだろう。

 そのさらに内側には、俺が送ったダークレイスを察知する魔道具が等間隔で置かれていた。


「昏き神の加護の中に魔道具を入れたのか?」

「だって、そうしないと天井から自由にでられちゃうでしょう?」


 狼の獣人族の集落では、ダークレイスを中に入れないために使っていた。

 だが、ここでは外に出さないために使っているのだ。


「敵がダークレイスを使う理由はきっと偵察でしょう?」

「その可能性は高いな」

「なら、天井もカバーしないと」


 魔道具は起動すると、魔道具を中心として、ダークレイスを察知する球体が展開される。

 その半径は、人の身長の五倍ほどでかなり長めだ。

 とはいえ、天井までカバーするには、昏き神の加護の中に設置しなければならない。


「定期的にでてくるし、魔道具を壊そうとするし、とても厄介なの」

「厄介だな。というか、壊されていないのが凄いな」

「壁から出てきた瞬間に音が鳴るし、急いで駆けつけて斬るのよ。」

「そうか。それができるのが凄いよ」


 昏き神の加護の中に跳び込んでダークレイスを斬るのだ。

 並の戦士にできることではない。


 それにしても、壁の中には魔道具の効力は通じていないようだ。

 壁や天井に強力な魔法防御が掛かっているのかもしれない。

 あとで魔法探知でもかければわかるだろう。


 赤い石から神殿の入り口までの距離は、二十歩ぐらいだろうか。

 そして、赤い石の更に外側に等間隔で歩哨が立っていた。

 敵が出てきたときに対応するものたちだろう。


「それにしても、昏き神の加護の範囲が広いな」

「かなり強力なのかも。範囲が広いだけなのか、中心がひどく強力なのかはわからないけど」


 俺としては範囲が広いだけの方が助かる。

 邪神の加護の中心が強力なため、周囲に及ぼす範囲が広いのなら、かなり厄介だ。

 中心に近づけば近づくほど、激痛に襲われ、身体が動かなくなり、魔力を抑えられてしまう。

 俺たちの戦闘力は激減することになる。


「ところで、グランさん、昏き神の加護の中に入った経験は?」

「ありません」

「なら、一度入ってみてどのようなものか体験しても良いかもしれませんね」

「がんばります! 是非」

「ですが、まずは私から入りましょう」


 想定より強力な昏き神の加護ならば、グランの苦しみが大変なことになる。


「セルリス。加護の外に魔物が出てきたら、対応してくれ」

「任せて」

「ルッチラ。何かあれば、外から魔法で援護してくれ」

「わかりました!」

「グランさんは人族の戦いをひとまず見ておいてください」

「はい!」


 俺は賽の神の神殿の入り口をもう一度観察する。

 金属製の分厚そうな扉がしっかりと閉じられていた。

 昏き加護の中に入る前に、魔力探知マジック・サーチをかけてみる。


「壁の向こうに魔法が通らないな」

「ぼくにも全く中が全く見通せません。まるで神殿の壁自体が魔道具のような?」

「まあ、壁に魔法防御をかければ、魔力探知を通らなくすることはできるからな」

「敵は本気で防御してますね。本当に大事な施設なのかも」


 大使の仲間だった昏き者どもに与していた残党が逃げ込んだだけの施設では無いのだろう。

 真祖の策が頓挫し、真祖自身も、そして邪神すら討ちとられたのだ。

 残党は起死回生の何かを企んでいるのかもしれない。


「……油断はできないな」


 俺は昏き加護の中へと歩みを進めた。ゆっくりと扉に向かって歩いて行く。

 途端に鈍器で殴られ続けているような強烈な頭痛に襲われた。

 続けて、全身をナイフで刺されているかのような痛みに襲われる。


 昏き加護の中に入った際の痛みとしてはまだ弱い方だ。

 より中心に近づけば、より強烈な痛みに襲われることになるのだろう。


「ロックさん大丈夫?」

「この程度の痛みなら、何とかな。だが魔力を抑えられているから全力を出せんな」


 この中で、援護無しに、真祖級の強敵に襲われたら厄介だろう。

 だが、今は昏き神の加護の外にセルリスとルッチラ、それにグランもいるのだ。

 もしものときは頼りにできる。


「グランさん。一瞬だけ、ここへ」

「はい」


 さほど強くないならば、昏き神の加護というものがどういうものか味わっておくべきだ。

 これからの戦いでいつ昏き神の加護に襲われるかわからないのだ。


 グランは一歩だけ中に入り、

「うぐううううぅう」

 と呻いて倒れかけた。


 俺はグランを抱き留めると、すぐに一緒に昏き神の加護の外へと出る。

 そして、外で待ち構えていたグランをセルリスに引き渡した。


「これが昏き神の加護の効果です」

「恐ろしいものですね」

「神の加護の中に入った昏き者どもが受ける効果と同じでしょう」


 だからこそ、大きな都市は安全なのだ。

「……ロックさまはどうして、平気なのですか?」

「平気ではありませんよ。とても痛いし吐きそうな気分です」

「ならばどうして……立っていられるのですか?」

「気合いです」

「……気合いですか」

「あとは慣れです」


 グランの尻尾がびくりと動いた。


「グランさま。ロックさんは特別ですから」

 そういってセルリスがグランに水を飲ませていた


「昏き神の加護を突然食らえば慌てるでしょうが、一度味わっておけば覚悟ができますから。次はもっと耐えれますよ」

「頑張ります」


 グランは気合いを入れ直しているようだ。

 実際、ケーテはグランよりもっと耐えていた。やはり、慣れと気合いが大切なのだ。


「それじゃあ、セルリス。扉に近づくから、万一の時は頼む」

「うん、任せて。多分、十歩の距離まで近づいたら敵が飛び出してくるわ。これまでの経験上」


 俺は痛みに耐えてゆっくりと神殿の閉ざされた扉に近づいていく。

 一歩、歩を進める度に痛みが強くなっていった。


「この調子なら、昏き神の加護の中心は相当な強さかもしれないな」


 セルリス、ルッチラやグランに聞かせるために敢えて声を出す。


「無理しないで——」

 セルリスの声の途中で、扉から魔物が飛び出してきた。

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