——ガンッ
大きな音が鳴って、壁にもう一つの穴が開く。
「おお……凄いのである」
「次は風だ」
「風もその結界を使って送り込むのですか?」
「いや、その必要も無い。二つ穴が開いているなら——」
俺は昏き神の加護の外で強風を作り出して、壁方向に向かって吹かせた。
「魔法による影響自体は、魔法ではないからな」
魔法の風に押し出された空気は、物理的な作用で壁に向かって移動する。
その空気は魔法ではないので、結界には関係ない。
——ビョオオオオオオオ
壁二ヶ所にあいた穴を、音を出して風が吹き抜けていく。
押し出された赤い霧が、昏き神の神の加護の中を満たしていった。
「コケッコッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ」
ゲルベルガさまの鳴き声で結界内の赤い霧が消滅する。
「ありがとう、ゲルベルガさま」
「ここ」
風を吹かしても吹かしても、赤い霧は消え去らない。
「キリが無いのである」
「きりだけに? ですわね」
「グランは何を言っているのであるか?」
真顔でケーテに尋ねられて、グランは頬を赤くした。
「赤い霧はどれだけ詰まっていたんでありますかね」
「薄くなる気配が、少しもないわね」
シアとセルリスは油断なく構えながらいう。
いつ敵が出てきても対応出来るようにしているのだ。
「赤い霧って、ヴァンパイアを材料にした、奴等にとって貴重な資源だと思ったのですけど」
ニアはシアの後ろで剣を構えていた。
「ロックさん、いつでも交代します」
「ありがとう、ルッチラ。だが、交代するならケーテに頼むかな。風竜だし」
ケーテは風を扱わせたら、超一流なのだ。
「ん。いつでもやるのだ。というか、いますぐにでも交替するのであるぞ?」
「ありがとう。じゃあ、ゲルベルガさまをグランさんに預けてから頼む」
「任せるのだ! グラン」
「わかりましたわ。ゲルベルガさま。よろしくお願いいたしますわ」
「ここ」
ケーテはグランにゲルベルガさまを手渡した。
ゲルベルガさま非常に敵にとって厄介な存在だが、戦闘力は低い。
だから、狙われやすく、敵の近くでは、常に強力な存在が抱っこして、保護しなければならないのだ。
ゲルベルガさまをグランに託すと、ケーテが風を吹かせはじめる。
風竜王だけあって、その風は強力だ。
「そろそろだな」
「そろそろ? とはなんのことである——」
——GUAAAAA……
壁から二匹の魔神もどきが飛び出してくる。
「ほら、『そろそろ』が来たぞ」
赤い霧の材料はヴァンパイアだ。
それも、レッサーではなくアーク以上のヴァンパイアである。
敵にとって非常に貴重な物なのだ。
良いように削られて、黙っているわけがない。
「いくわ」
「まあ、待て。セルリス。どうせあいつらは昏き神の加護から外に出られない。それに……」
「それに?」
「おい。出てくるなら出てこい。出てこないなら霧を吹き飛ばし続けるぞ」
俺は神殿の中にいるであろう、ボスに向かって大声で呼びかける。
敵の動きには知性を感じる。何者かが、指示を出しているはずだ。
恐らくはヴァンパイアもどき辺りだろう。
指揮者がいるならば、このまま引きこもっているわけがない。
赤い霧も貴重だが、魔神もどきも貴重なはずだ。
先ほど為す術無く屠られた魔神もどきを、考えもなしに投入するわけない。
魔神もどきを倒すために、昏き神の加護の中に入れば、そこを襲うつもりだろう。
「引きこもっているつもりなら、それはそれで構わないがな」
赤い霧は無限ではない。
全て吹き飛ばし、ゲルベルガさまの権能で消し去った後、神殿を調べ尽くせば良い。
そうすれば、いくらでも対応できるというものだ。
「いくらでも吹き飛ばせるのだ!」
ケーテは強い風を吹かせ続けている。
しばらくケーテが風を吹かせて、赤い霧を神殿の中から排除していると、
「……なかなか、やるではないか」
ヴァンパイアもどきが現われた。
空中に浮かび、こちらを見下ろしている。
「なにが、なかなかやるではないか、だ。間抜けめ」
俺は、敢えて馬鹿にしたように言う。
ヴァンパイアもどきの頬がピクリと動いた。
ヴァンパイアではないらしいが、ヴァンパイア同様に煽られやすい特性を持っているらしい。
ならば、やることは一つである。
冷静さを奪って、情報を取れるだけ取るべきだ
「お前、真祖に憧れているのか?」
「なにを……」
「まともな頭を持っていたら、俺たちの前に姿を現すべきでは無いことぐらいわかったはずだ」
「…………」
当初、俺たちをここにおびき出そうとしているのだと思った。
だが、敵はこちらに対する有効打を持っていない。
魔神もどきが切り札になると信じていたなら、それこそ間抜けが過ぎる。
「あのシチュエーション。確かに真祖が俺たちを襲ったときに非常に似ていた。だから真祖のように襲ったんだろう?」
「…………」
ヴァンパイアもどきは無言のまま、にやりと笑う。
恐らく「真祖のように」という言葉が嬉しかったのだろう。
「あのまぬけの真似をしたところで、上手くいくわけないだろ、バカだな」
「き、きさま、言うに事欠いてあの方——」
「脳みそが足りない。姿を変えても、レッサーはレッサーってことか」
「殺す!」
激昂したヴァンパイアもどきは大魔法を放った。