ヴァンパイアもどきと、魔神もどきの両方を倒して周囲が静かになった。
ケーテの吹かせる風の音だけが聞こえてくる。
「コケコッコオオオオオオオオオオオオオオオ!」
その静けさを切り裂くように、ゲルベルガさまの力強い鳴き声が響き渡る。
声が届く範囲の赤い霧が浄化されるかのように消えていった。
「や、やったのであるか?」
「だから、そういうこと、を言うのは、やめ、なさい」
ケーテが不吉なことを言うのでたしなめながら、俺は昏き神の加護の外に向かう。
昏き神の加護のせいで、耐えきれないほど頭が痛い。
そのせいで、言葉が途切れ途切れになってしまった。
「ケーテ。そのまま、風を、吹かせ、続けてくれ」
「わかっているのである。赤い霧を全部追い出さなければならぬからな!」
ケーテは風が俺に直接当たらないように、調節してくれていた。
向かい風の中、昏き神の加護の外に戻るのはつらかっただろう。
「大丈夫?」
俺の様子に気付いたセルリスが心配そうに声を掛けてくるので微笑み返した。
「ああ、大丈夫だ」
大丈夫とは言ったものの、あまり大丈夫ではない。
頭が割れるように痛いし、全身の骨が折れたようだ。
ヴァンパイアもどきを倒すために、激しく動いたせいか、非常につらい。
それに、とどめを刺すために、かなり神殿の壁近くまで突っ込んでしまった。
外縁部より、神殿に近い方がより昏き神の加護が強いのだ。
「さすが、ロックさんです」
「ここぅ」
ゲルベルガさまを抱いたグランが大喜びで尻尾を揺らしていた。
やっとの思いで、昏き神の加護から出た俺に、セルリスが水をくれた。
「ありがとう、セルリス」
「ん。大丈夫?」
「ああ。水が本当に旨いな」
昏き神の加護を出ると、痛みが消え去り、力が漲る
まるで生まれ変わったような気分になる。
苦しみや痛みのない普通の状態が本当に得がたいものだと感じた。
「ロックさん気になることがあるんですけど」
「ん、どうしたルッチラ」
ルッチラが首をかしげてこちらを見ていた。
「どうして、ヴァンパイアもどきは見てなかったんでしょう?」
「なんのことだ?」
「いえ、ヴァンパイアもどきが指揮を執っていたならば、当然、壁破壊も見ていたはずで」
「…………」
ルッチラの指摘はもっともだ。
俺はリーアにおしえてもらった方法を使って神殿の壁を壊した。
敵の指揮を執っていたのが、ヴァンパイアもどきならば、当然それを知っているはずだ。
「でも、あいつは『どうやって、魔法攻撃を』って言ってましたし、知らない感じでした」
俺は神殿を振り返る。
神殿には何の変化もない。
風を吹かせ続けていたケーテがこちらを振り返った。
「つまり、敵のボスはまだ中にいるってことであるか?」
その言葉が終わるのと、ほぼ同時に、
——キイイイイイイインン
強烈な耳鳴りに襲われた。
その直後に頭痛に襲われ、全身の骨が折れるような感覚。
昏き神の加護が急に拡がったのだ。
「グランさん!」
「は、はい。あぁ……」
「……こ」
ゲルベルガさまを抱いたグランが巨大化し、本来の姿にももどる。
服が弾けるようにして破けた。
巨大化したグランは、苦しむゲルベルガさまを口に入れると、すぐ側にいたルッチラを爪の先で引っかける。
そして、這うようにして神殿から遠ざかった。
十歩ほど遠ざかって、グランは力尽きるようにして、地面に倒れた。
倒れた際、グランはルッチラを遠くに投げ出すようにして転がした。
「ぬお……。服が破けてしまったのである」
ケーテも巨大化して、うずくまっている。
竜が人族の形態を維持できない呪いのような物が掛かっているのかもしれない。
マルグリット、セルリス、シア、ニアは呻きながら倒れていく。
意識があるのかどうかわからない。
ガルヴは、小さいニアをかばい覆いかぶさって動けなくなる。
「本当に昏き神の加護か?」
「わ、わからないのである。だが、これまでにない威力なのである」
俺自身、あまりの痛みで、ひざを突いてしまった。
これまでに体験したことのない強力な昏き神の加護だ。
気を失いそうになりながらも、神殿めがけて魔法を放とうとした。
だが、魔力は失われたのに魔法は発動しなかった。
「やはりダメか」
昏き神の加護と同時に魔法行使を防ぐ結界も拡張したらしい。
「これは不味いのである!」
ケーテの言うとおり、本当にやばい。
リーアに教えてもらった方法を応用して魔法を行使することはできるだろう。
だが、いつものように自由に魔法を使うことはできない。
昏き神の加護による苦痛に耐えながら、複雑な魔法を行使するのも難しい。
俺も、ケーテも、数段戦闘力が落ちた状態で戦うしかない。
「ケーテ! 油断するな」
俺たちが窮地に陥ったのだ。すぐにでも真のボスが出てくるだろう。
「わ、わかっているのだ。だけど、このままでは……」
巨大な姿のケーテは苦しそうに息を吐く。
「我がなんとかするしかないのだ」
ケーテは前足を踏ん張って、うめき声を上げながら、なんとか体を起こす。
「無理はするな」
「背に腹はかえられないのだあぁぁぁぁぁぁ!」
大きな声で叫びながら、ケーテは口から強烈なブレスを吐いた。