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342 神殿の中にいたもの

 竜のブレスは魔法のようなものだ。それも強力無比な魔法のようなもの。

 ブレスには魔力が含まれているし、魔法の障壁で防ぐこともできる。

 だが、ブレス息吹という名の通り、本質的には、魔法では無いらしい。


「GUOOOOOOOOOAAAAA」


 強大な風竜王ケーテが一気に吐き出した息は、魔力を含んで風のブレスとなって賽の神の神殿を吹き飛ばす。

 魔法防御の掛かった石製の壁や天井も、藁でできているかのようにいとも簡単に吹き飛んでいくのが見えた。

 だが、すぐに神殿内に溜まっていたらしい赤い霧に覆われ、それも吹き飛ぶと、舞い上がった土埃で見えなくなる。


「ケ、ケーテ、大丈夫か?」


 中にはモルペウスさまがいたかもしれない。

 中には、情報を聞き出したい昏き者に与した人間たちがいたかもしれない。

 建物ごと吹き飛ばしたら、中にいた者たちは大けがする可能性が高い。


 だが、ケーテの判断は間違っていないと思う。

 このままでは、全員が死にかねなかった。

 そうなれば、モルペウスさまを、そしてフィリーやミルカを助けることはできない。

 そのうえ、ゲルベルガさまの遺骸が昏き者どもの手に渡り、次元の狭間が開くことになるだろう。


 神殿ごと、昏き神の加護のコアや魔法を封じている結界を破壊できれば勝ちの目が出てくる。


「……背に腹はかえられないのである」


 ブレスに渾身の力を込めたのだろう。

 力尽きたかのようにケーテは地面に倒れ伏す。


「……神殿が吹き飛んでも消えないのか」


 昏き神の加護は消えていない。魔法も発動が困難になったままだ。

 つまり、昏き神の加護のコアは無事だということだ。

 俺は全身の痛みをこらえて、リーアに教えてもらった方法で、結界を準備する。


「……すまぬのである」


 リスクを犯したにもかかわらず、ブレスで昏き神の加護を無効化出来なかったことをケーテがわびてくる。


「謝るな」


 俺は賽の神の神殿があった場所を観察する。

 ケーテは神殿の中にいるものたちのことを考えて、下から上に向けてブレスを放ったようだ。

 瓦礫ごと、上に吹き飛ばしたほうが中にいる者は安全になる。

 だが、そのせいで激しい土埃が立ちこめており、神殿の様子は目視できない。

 魔力探知や魔力探査をかければいいのだが、魔法の発動自体がが困難なので難しい。


 俺は土埃が目に入るのも構わず、神殿をじっと見つめる。

 涙が止まらない。目がかすんでよく見えない仕方が無い。


「……コアは下か?」


 ケーテが建物を吹き飛ばしても昏き神の加護も魔法の発動を防ぐ結界も健在。

 つまり、地下、もしくは地面近くに核というべき物があると考えるべきだ。


 ケーテは近くで力尽きて倒れている。

 土埃の中、涙でかすむ目で、俺が視認できるのはケーテだけだ。


 マルグリット、セルリス、シア、ニアは、土埃で姿が見えない。

 だが、恐らく倒れているはずだ。そのぐらい昏き神の加護は強力だ。

 グランとルッチラ、ゲルベルガさまとガルヴも動けまい。

 特に神性の高いゲルベルガさまは、グランの口の中にいるとはいえ意識を保つことも難しかろう。


「ケーテ。動けるか?」


 俺はリーアに教えてもらった結界を準備しつつ、土埃が収まったときに備えながら、尋ねる。


「ぐうう。動けるのである!」


 ケーテはそういうが、動けていない。

 前足を使って、体を起こそうとしているが、顎を地面から上げることすらできていない。

 全身を襲う苦痛に加えて、体に力が入らないのだ。

 俺もそうだから、よくわかる。

 ひざを付いた状態で耐えてはいる俺も倒れたら起き上がるのに難儀するだろう。


「無理はするな」

「すぐに動けるようになるのである!」


 ケーテはそうは言うが動けそうにもない。

 俺がどうにかするしかない。


 そう考えて、土埃が収まるのを待つ。

 土埃が収まるのにつれて、赤い霧が立ちこめ始めた。


「赤い霧を発生させる装置のようなものは無事ってことか」


 ケーテのブレスで神殿内に立ちこめていた赤い霧は吹き飛ばされた。

 だが、発生させる装置が無事だったので、赤い霧が発生しつづけているのだろう。


 ゆっくりと、土埃が収まっていくと、赤い霧の向こうに神殿だったものが見えた。

 神殿は基礎部分を残して、ほとんど消えている。


「なんだ、こいつは……」


 吹き飛んだ賽の神の神殿のかわりに、黒い何かが蠢いているのが見えた。

 涙で目がかすんでいるせいではっきりとは見えない。

 だが、それは神殿より明らかに大きい。

 そして、強烈な昏き者の気配を漂わせていた。

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