眠るところだったのに、客が来たのなら仕方がない。
「味方か敵か。それが問題だ」
俺は、ベッドに寝かせたハティに毛布をかけると、玄関へと向かう。
そして、内側からこっそり外をうかがった。
こちらからは見れるが、外からは覗けない。そういう機能があるのだ。
もちろん、それも俺が昔作った魔道具の機能である。
「ふむ? どうやら賊だな」
ロッテや姉、屋敷の使用人でもない。
色々な道具を手にした黒づくめの人物が扉をこじ開けようとしていた。
その数は三人。恐らく強盗団だろう。
研究所には出入りするとき以外、常に結界発生装置が展開している。
だから入ろうとしても入れまい。
「とりあえず、王都の治安のためにも捕らえておくか」
俺は玄関から離れて、隠された裏口へと向かう。
そして一瞬だけ結界発生装置をオフにして、裏口から静かに出る。
すぐに結界発生装置を起動して、気配を消して玄関の方へと外から回り込んだ。
結界抜きでも玄関は非常に頑丈で、容易には破れないようになっている。
それに結界を解除したのも一瞬だったので、賊は気付いていないようだ。
気配を消した俺が、背後から賊に声をかけようとしたとき、
「ここでなにをしているのですか」
ロッテの声が響く。
ロッテは慣れない屋敷で寝付けなかったのだろう。
そして、トイレに出歩いたか何かをきっかけに賊に気付いて止めようと出て来たようだ。
王女にあるまじきふるまいである。
(師匠として、あとで説教しないと)
こういうときは、使用人に命じて対処させるべきなのだ。
王女自ら出てきても、いいことは何一つない。
「大人しく
そういって賊に向かって、剣を突きつけている。
ロッテは剣と魔法の腕に自信があるのだろう。
強大な魔物相手ならともかく、少なくとも三人の夜盗程度に負けない自信はあるらしい。
(慢心だな。……師匠の気持ちがわかった気がする)
師匠はことあるごとに「わしの方が強い」と俺の慢心を諫めてくる。
調子に乗る弟子ロッテをみて、師匠が俺をどういう目で見ているのかなんとなくわかった。
夜盗たちは、ロッテをちらりと見る。
同時に一人の夜盗が短剣で斬りかかった。
その動きは速い。超一流の戦士の動きだ。
いや、殺気を全く感じなかった。戦士と言うより暗殺者のそれにちかい。
「ひっ」
ロッテに短剣が届く寸前。
俺は魔力をまとわせたローブでその短刀を防いだ。
そのローブは師匠から貰ったものである。
防御力は折り紙付きだ。
「お師さま。すみません」
「あとで説教だ。今は大人しくしていなさい」
ロッテはうんうんと頷く。
俺はローブを脱いでロッテにかける。
そうしてから、三人の夜盗を睨み付けた。
「お前ら、うちの離れに何の用だ? ここには特に金目のものはないぞ?」
「…………」
その瞬間、賊たちから強い殺気を感じた。
そして、無言のまま襲い掛かってくる。
「……穏やかじゃないな」
俺に襲いかかってきた賊は三人中一人。
刃が黒い短剣を手にしている。
夜闇にまぎれさすためだろう。
刃は黒いだけではなく、何かどろりとしたものが塗られている。
恐らく毒だ。
「やはり暗殺者だな」
俺は短剣をかわし、賊のあごに拳を叩き込む。
俺は格闘戦にも、ある程度心得がある。
師匠の薫陶の賜物だ。
師匠は基本的に放置だったが、たまに気まぐれのように学院の外に連れ出してくれた。
そして、凶悪な魔物が跋扈する地に放り込まれたりしたものである。
「む?」
殴った瞬間、変な感触を覚えた。
ただの人間なら確実に倒せる攻撃だった。
だというのに、賊は倒れる気配がない。
「お前、人間じゃないだろ」
「…………」
その賊は俺の問いには答えない。
俺の急所目がけて、短剣を振り下ろす。
見事な動きだ。
とても良く訓練を積んだ人間としか思えない。
なのに、殴った感触は、全く人間ではないのだ。
「……しかも」
俺は後ろにいる二人が気になった。
襲いかかってはこない。
だが、魔力を練っている気配を感じる。
まるで前衛に時間稼ぎをさせて、大魔法でも用意しているかのようだ。
前衛より、後ろの二人をどうにかすべきだろう。
「まあいいか。とりあえず、倒れておけ」
人間でないならば、生かしたまま制圧する必要もないだろう。
俺は手に魔力をまとわせて、前衛の攻撃をかわしざまに首をはねた。
だが、まだ動く。
「……どういう仕組みか。気になるな」
後で調べることにして、手足を斬り落として動けなくする。
そして、俺はそのまま後ろの二人に襲いかかった。
「大人しく捕まっとけ」
「……死ね」
「許さぬぞ」
感情のこもらない声で呟きながら、二人は俺を目がけて魔法を放ってくる。
「うぉ!」
思いのほか高威力だった。
周囲に被害をもたらさないよう、咄嗟に魔法で障壁を作って攻撃を防ぐ。
そうしながら、俺は二人に炎魔法を撃ち込んだ。
二人は全く動じず、防御すらしない。
二人の顔を隠していた布が燃え落ちる。
…………それは学院長と魔道具学部長だった。
「……天下の賢者の学院の学院長と魔道具学部長が強盗ですか?」
「強盗? それは違うぞ。シュトライト」
学院長は笑顔でそういうが、言葉の抑揚がない。
感情が全くこもっていなかった。
そして、二人ともどこか若返っている。
「強盗じゃなければ何なんです?」
「シュトライト。お前を殺しにきた」
魔道具学部長は嬉しそうに笑顔を見せる。
言葉には感情がないのに、表情は感情豊かだ。
その齟齬が、異様に気持ちが悪かった。
「そうですか。先生方に出来ますかね」
「調子に乗るなよ。シュトライト」
学院長は魔法を放つ。
それは火炎魔法と風魔法を同時に行使した強力な複合魔法だ。
炎の竜巻となり、周囲を焼き尽くさんと暴れ回る。
「さすがは、学院長。攻撃魔法の権威と言われるだけのことはありますね」
そうはいっても強すぎる。
最近の学院長は理論研究はしていたが、魔法実践はしていなかった。
ここまで強いはずがないのだ。
俺は炎の竜巻を抑えるために周囲を障壁で覆う。
広い範囲を、多重の障壁で覆うのだ。
そうしなければ、辺境伯家の屋敷だけでなく、周囲一帯を業火で焼き尽くしてしまうからだ。
「油断したな、シュトライト」
俺の真横から魔道具学部長の声がした。
同時に、強力な雷が俺に落ちる。
ギリギリ障壁を張って、自分の身を守った。
「学部長。強くなりました?」
魔道具学部長は、攻撃魔法はさほど得意ではなかったはずだ。
「当然だ。我らは生まれ変わったのだ」
そして、学院長と魔道具学部長の顔が血のように赤くなっていく。
頭から角がはえ、背からは羽がはえる。
二人は、完全に人間ではなくなっていた。