変貌する二人を見て、ロッテは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
俺は二人に、いや二匹に語りかける。
「何があったか知らないが、人間をやめたのか」
人間じゃないなら敬語を使う必要もない。
「ああ。やめた。お前もどうだ? 素晴らしい気分だぞ」
「お前が人間をやめれば、お前とそこの女の命を取らないでおいてやろう」
学院長も魔道具学部長も笑顔だ。
生前、一度も見たことのないほど優しそうな笑顔だった。
「断る」
「お前には勝ち目はないというのに、意地を張るのか?」
「化け物になったぐらいで俺に勝てると思うな」
そういうと、二匹はにやりと笑う。
「新しい身体を手に入れただけのわけがないだろう?」
魔道具学部長だった者がそういうと同時に、先ほど倒した一体が動き出す。
「どうだ? お前が開発していた兵器を完成させたのだ」
「俺は兵器を開発していたわけではないんだがな」
俺が作っていたのは、自動で犬の散歩をする魔道具だ。
「それをどう間違ったらこうなるんだ?」
「改良してやったんだ。ありがたく思うがいい」
その魔道具は毒塗りの黒い刃を振りかざしてロッテに襲いかかる。
同時に手から炎を放つ。
ロッテを襲うことで、俺の意識をそちらに向けさせようと言うのだろう。
俺は、ロッテの手から剣を借りると、その短剣を防いでいく。
「こういうとき武器持っていた方が便利だな」
俺は魔道具の攻撃を凌ぎながら分析する。
「なるほど、犬の糞を回収させる機構を使って短剣を振り回させているのか」
糞をした位置や下の素材によって、綺麗に回収するためには繊細な力加減が求められる。
その機能を使って、自在に短剣を振り回させているらしい。
炎を吐くのは、小便を流すために水を出す機能を改造しているようだ。
水の代わりに油を吐いているらしい。
「本来の用途外で使われると、保証しかねるぞ?」
「黙れ、シュトライト、なにを余裕ぶって——」
学院長と魔道具学部長は魔道具と合わせて攻撃魔法を放ってくる。
その攻撃魔法の威力は高い。人間をやめたせいだろう。
その高威力の魔法をロッテと俺の両方に向けて放ってくるのだ。
俺はその攻撃を全て障壁で凌ぎながら、その魔道具を破壊する。
今度は再び動き出すことはない。完全に動きを止めている。
「俺の開発した魔道具だ。止めることは造作もない」
その魔道具は本来の姿形と大きさからかけ離れていた。
そのうえ、機能まで想定していた使われ方をしていなかった。
だから、俺の作った魔道具だとは気付けなかった。
だが、自分の開発した魔道具がもとになっているのだと気付けば、簡単に止めることは出来る。
「まさか、お前らの切り札が、あれか?」
動きを止めた魔道具を指さして尋ねる。
「まさか。我らを舐めているだろう?」
「シュトライト。……これに覚えはあるか?」
学院長は嬉しそうに懐からこぶし大の宝石のような物体を取り出した。
「ああ、知っている。それも俺が作った物だからな」
それは魔力を蓄積し凝集する機能を持つ魔道具である。
大気に微量に含まれるマナと呼ばれる魔力や聖霊の力。
それらを吸収し、まとめて体内に流すためのものだ。
本来は治療のための道具である。
生物は、量の多寡はあれど、みな魔力を持っている。そして魔力を失えば死んでしまう。
事故や病気で魔力を失い、死にかけた者を救うには、これまでは熟練の魔導師がゆっくりと時間をかけて魔力を流すしかなかった。
だが、そんなことができるほどの熟練で一流の魔導師となると国中を探しても数人しかいない。
だから、魔力を喪う病気にかかった者は、ほぼ全員が死んでしまっていた。
そんな患者たちを救うための魔道具だ。
それは、オイゲンの息子を救った魔道具でもある。
「シュトライト。この魔道具は他にも利用法がある。わかるか?」
学院長は右手に持つ魔道具に、自分の魔力を込める。
すると周囲のマナが奔流となって、学院長の右手を渦巻き始めた。
「さっきも言ったが、本来の用途外で使われたら保証しかねるぞ?」
「シュトライト。お前が魔法が得意だとしても、この魔法を防ぎきることは難しかろう」
「お前こそ、俺を舐めているのか?」
そのぐらいならば、俺ならば、なんとでも防げる。
「そうか。ならばこれでどうだ?」
魔道具学部長も同じ魔道具を取りだした。
「二人仲良く力を合わせるのか。まあ、やってみたらいいんじゃないか? 通じると思うならな」
「それは違うぞ。シュトライト」
「違うだと?」
「ああ、どちらかはお前を攻撃する。だがどちらかが攻撃するのはお前ではない」
「ロッテでも狙うのか?」
それでも防げる。
ロッテの側で、俺とロッテを囲む障壁を展開すればいいのだ。
「違うぞ? 攻撃するのは王都だ」
学院長と魔道具学部長がにやりと笑う。
それは確かに厄介だ。
二人の魔法攻撃は尋常ではない威力となるだろう。
自分の身を守ろうとすれば、王都の被害を防ぐことは難しい。
王都の被害を防ごうとすれば、自分の身を守ることが難しい。
「どうする? シュトライト」
「お前が人命を救うために作った魔道具を使って、王都の人間を殺されるのを見過ごすか?」
「それとも、自分の命を犠牲に王都の民を救うのか?」
二匹の右手の周囲を渦巻く魔力はどんどんと濃くなっていき、光り輝いていく。
確かに、そのどちらかの魔法を食らえば、王都が半壊しかねないだろう。
「ところで、学院長。いや、この場合は魔道具学部長のほうが適任だな。聞きたいことがある」
「……なんだ?」
「その魔道具の原理や理論を理解しているのか?」
「………………」
魔道具学部長は黙り込んだ。
「そうか、理解できなかったか」
「……………………」
魔道具学部長の顔が怒りで歪んだ。
一方、学院長が馬鹿にするように言う。
「なにを調子に乗っているシュトライト。魔道具は使えればよいのだ」
「それはそうだ。学院長の言うとおり。魔道具は使えれば、それでいい。そのように作った」
「…………」
「だが、開発者はそうはいかない。原理も理論も理解できていなければならないんだ」
「……何が言いたい?」
その問いに、俺は答えない。
「俺もお前も魔法を使う。魔導師だ」
「…………」
「俺は、お前の知らない原理と理論を自在に扱っている。俺とお前。魔導師としてどっちが上だと思う?」
「貴様は何を言っている? 魔法というものは理論ではない。より速く、より強く放てる奴が強いのだ」
「それもまさしくその通りだ」
「なにがいいたい?」
学院長は不愉快そうに、俺を睨み付ける。
「俺を侮ったな? 膨大な理論と技術。それを理解し自在に操る魔導師を、なぜ侮る?」」
「…………何を」
「学院長はともかく、魔道具学部長はなぜ俺を侮る? お前も魔道具の専門家だろう?」
「…………」
魔道具学部長は黙り込む。
だが、学院長は激昂した。
「わけのわからないことを! シュトライト! 魔道具屋が、魔導師に勝てるわけがないだろうが!」
「それは魔道具師を知らないだけだ」
「御託は充分だ。それほど強いと言うのならば、我らの魔法を防いでみせろ」
そう言うと同時に、学院長はその右手に纏った膨大な魔力を使って、巨大な火球を作りだす。
そして、すぐにその火球を俺めがけて放った。
「勿論防がせてもらうよ」
俺は即座に大気中のマナをかき集めると、氷魔法で火球を消し飛ばす。
「どうした? それで終わりか? 連携しなくていいのか?」
「どうやって、その威力の氷魔法を……。シュトライト、貴様魔道具を隠し持って——」
「魔道具なしでもこのぐらいのことはできる」
「わけのわからないことを……」
俺は学院長を気にせず、ロッテを見る。
「ロッテ。魔道具を作るときは、原理と理論を理解しろ。真に理解できれば魔道具は必要ない」
「は、はい」
「俺にできることを、多くの人でもできるようにしたものが俺の作る魔道具だ。だが魔道具で完全再現するのは難しい」
「…………」
「つまりだ。俺は、俺が作った魔道具より強い」
ロッテは言葉にならない様子で、俺をじっと見つめていた。
「ふざけるな!」
激昂した学院長は再び魔道具を使って魔力を集め火球をつくると、俺をめがけて放つ。
そして、魔道具学部長も同時に火球を放った。
魔道具学部長が放った火球は王都に向かう。
その火球は少し飛んで目に見えない障壁にぶつかって消える。
「なにが起こった?」
「新作だよ」
俺は結界発生装置を起動したのだ。
今は結界発生装置は二重で起動している。
一つはハティの寝ている研究所を覆っている。
そして、その外側にいる俺とロッテ、学院長たちを覆う形で、さらに結界が発動していた。
「いくらでも暴れていいぞ。結界は既に展開済みだ」
「舐めやがって!」
学院長と魔道具学部長が、二人で俺をめがけて魔法を放つ。
俺の魔道具を悪用しただけはあり、非常に強力な攻撃だ。
それを俺は障壁と、反対属性の魔法を行使して防いでいく。
「ロッテ」
「は、はい!」
「魔道具にはこういう使い方もある」
「……?」
「一つ一つなら出来ることでも、同時に実行するのは難しい」
今回で言えば、やらなければならないことは四つある。
自分とロッテを守ること。
王都の民に被害を及ばさないこと。
ハティが寝ている研究所を壊されないこと。
そして、学院長たちを捕らえること。
その四つを同時に実行するのは、俺には難しい。
「同時に出来ないなら、魔道具にやってもらうのがいい」
「わ、わかりました」
そして、俺は学院長たちを睨み付ける。
「さて、もう気が済んだか?」
「貴様ああああああ!」
「許さぬぞ、シュトライト!」
「許されないのは、お前たちだよ」
俺は学院長の魔法を吹き飛ばして接近すると、二人の魔道具を破壊する。
そして、二人の胴体に大きめの穴を開ける。
「ぐあああああああ!」
「ぎゃああああああ!」
「人間やめたんだ。このぐらいじゃ死なないだろ」
実際、大きな穴を開けたのに、もう塞がりつつあった。
「生命力が人間の比ではないな」
「ぎゃあああああ! やめ、やめろお」
「ひぃいいいいいい」
「そうはいっても、お前らを安全に官憲に引き渡すために無力化する必要があるからな」
俺だってこんなことやりたくない。
だが、これほど凶悪な魔物なのだ。そのまま引き渡したら官憲に沢山の犠牲者が出てしまう。
「あ、引き渡すなら、官憲より近衛魔導騎士かな」
近衛魔導騎士は皇帝直属の精鋭部隊。
全員が一流の魔導師で、凶悪な魔物が暴れたときなどにも動員される特殊部隊である。
「やめてくれ、い、いたいいいい」
「んぎゃああああ」
絶叫する学院長と魔道具学部長に、俺はしばらく攻撃を続けた。
しばらくして、やっと反応がなくなる。
「そろそろいいかな」
俺は学院長たちを攻撃するのをやめ、魔法で拘束したのだった。