ロッテは俺が拘束した学院長たちをしみじみと見る。
「こうやって拘束するものなのですね」
「……そうだが、ロッテは肝が太いな」
不必要に痛めつけていたわけではない。
だが、一見すると、痛めつけていたように見えただろう。
何度も再生する学院長たちを、魔法で何度も何度も傷付けたのだ。
それは筆舌に尽くしがたい光景だった。
だが、ロッテはあまり動じていないようだ。
「そうでしょうか。今でも少し震えているぐらいです」
「そうか。まあそれはそれとして、熟練の魔導師の拘束は難しい。手と足を束縛し、口を塞いでも意味はあまりない」
「はい、わかります」
手足を束縛すれば、印を結べなくなり、魔法陣を描けなくなる。
口を塞げば、詠唱も出来ない。
それでも、熟練の魔導師ならば魔法を使える。
「だから、これだけでは不充分だ。殺すのが一番だが、仕方がない。油断はするな」
「わかりました」
とはいえ、身体を何度も何度も繰り返し破壊することで、自己再生を繰り返させている。
だから魔力は尽きているから、しばらくはなにも出来まい。
俺は学院長たちが身につけていた魔道具を取り外していく。
俺の開発した魔力を凝集する魔道具は、攻撃を何度も与えている間に壊れている。
だから、一応欠片を集めておいた。
「ロッテ、今から外側の結界を解除するから人を呼んでくれ」
「わかりました」
そして、俺は結界を解除する。
ロッテが駆け出すが、同時に母屋の扉が開く。
「殿下! ご無事ですか!」
姉が走ってきた。
その後ろには王宮から駆けつけた近衛魔導騎士の中隊がいる。
「ああ、そうか。ロッテが最初に上げた声で出てこれるように準備していたのか」
邪魔しないよう屋敷の中で待機していたようだ。
「大丈夫です。ローム子爵閣下。ご心配をおかけいたしました」
「ご無事でなによりです。念のために治癒術師を待機させておりますゆえ」
ロッテは姉によって、屋敷へと連れて行かれる。
そして俺は近衛魔導騎士の相手だ。
隊長が俺に頭を下げる。
「ヴェルナー卿。賊の捕縛へのご協力、誠にありがとうございます」
「いえいえ、火の粉を払っただけです。私に恨みがありそうでしたし」
そして学院長たちを見て、顔をしかめる。
「…………これが、賢者の学院の学院長のなれの果てですか?」
「そうですね。そして、そちらが魔道具学部長のなれの果てです」
「完全に魔人化してますね」
俺が隊長と話している間にも、近衛魔導騎士たちは学院長たちに魔法封じの首輪を付けていく。
魔法封じの首輪は魔導師を捕縛するときに使われる特別な魔道具である。
魔道具というより、呪具に近い。
重犯罪を犯した魔導師にしか使われない物だ。
「ヴェルナー卿、これは一体?」
隊長が尋ねてきたのは、俺が開発した魔力を集める魔道具だ。
「私が数年前に開発した医療用魔道具の一つを無理矢理改造した物ですね」
「なんと」
「そしてこちらは、私が設計して、途中まで開発した犬の散歩自動化魔道具を改造した物です」
近くに転がっている魔道具人形を指さした。
「…………なんと」
「こんなことをさせるために設計したわけではないんですけどね……」
悲しくなってくる。
そんな俺を励まそうと思ったのか、隊長が、
「包丁も美味しい料理をつくることにも、人を刺し殺すことにも使えますから」
そんなことを言う。
当たり前で陳腐すぎる言葉だが、なぜか心にしみた。
隊長が学院長たちの額に食い込むように付けられた魔道具を指さす。
「これも、ヴェルナー卿がお作りになった魔道具でしょうか?」
「私が作った魔道具ではありませんね」
「どのような機能を持つ魔道具かおわかりになりますか?」
「精査しなければ、断言できませんが、似たものは見たことがあります」
「それは一体」
俺は周囲に聞こえないように声を潜めて、隊長に言う。
「先日、古竜が王女殿下を襲った事件はご存じですか?」
「はい。聞いております」
聞いているならば話が早い。
「あのとき古竜が頭に付けていたものと同種の物に見えます」
「……なんと」
それだけ言えば、伝わるだろう。
ハティは頭に取り付けられた魔道具で行動を操られていた。
学院長たちも、ある程度操られていた可能性は高い。
「とはいえ、古竜は支配に必死にあらがおうとしていたので、動きが遅くなっていましたが」
「学院長たちには、その様子がみられなかったと?」
「はい、むしろ積極的に動いていましたね」
「なるほど。背後関係はこちらでも調べて見ます」
「はい。それと、まだ断言は出来ませんが、機能はそれだけではなさそうです」
「…………学院長たちの魔人化と関係があると思われますか?」
「まさにそれです。恐らくこの部分が……」
「も、申し訳ありません。ヴェルナー卿」
「どうしました?」
「私では詳しい説明を受けても理解できないと思われます」
「すみません。配慮が足りず」
近衛魔導騎士は全員が優秀な魔導師だ。
だが、魔道具に詳しい騎士は少数派だろう。
「近衛魔導騎士の中でも魔道具に詳しい者を呼びますので、ぜひお話を聞かせてください」
「わかりました」
その後、俺は事情調査を受けるため、近衛魔導騎士の本部に向かった。
近衛騎士の馬車に乗って移動する。
近衛魔導騎士の本部は王宮にあるので、王宮に戻るロッテも同乗する。
事件があったばかりなので、安全を重視し、王宮に戻ることになったのだ。
「ロッテ。これを渡しておこう」
「これは?」
「結界発生装置だ。いざというときに使いなさい」
「ありがとうございます。素晴らしい効果でしたね」
「目的は果たせたが、実際に運用してみて課題も見つかった」
「課題とは、一体……」
「外部と連絡が取れないことだ」
実際にロッテが襲われて、これを使って難を逃れたとしよう。
その後、助けを呼べなければ、外に出ることは出来ない。
最終的に飢え死にするまで粘られることだってあるかもしれない。
「改修ができるまでは、それで我慢してくれ」
「ありがとうございます。大切にします」
辺境伯家から、王宮は遠くない。
あっというまに到着し、ロッテは侍従に連れられていく。
そして、俺は近衛魔導騎士からの事情聴取を受けたのだった。