近衛魔導騎士の事情聴取が終わったのは朝だった。
送ってくれるというのを断って、俺は徒歩で帰る。
「まぶしい」
徹夜明けの朝の光は目にしみる。
だが、冬の朝の切るように冷たい空気は気持ちが良かった。
辺境伯家の屋敷に戻ると、姉が待機していた。
「おかえり」
「ただいま」
「話を聞かせて」
「さんざん、事情聴取されたばかりなんだが」
「聞かせて。朝ご飯を食べながらでいいから」
「わかったよ。だが、朝ご飯はいいかな。徹夜明けで眠たいし」
そして、俺は姉に手短に報告する。
手短といっても、事情説明を省略しているわけではない。
省略したのは魔道具関連だ。
近衛魔導騎士の詰め所でした説明は「この魔道具はこういう効果で」みたいなものが大半だったのだ。
姉への説明では魔道具についての説明を省いたので二十分程度で終わった。
説明を終えた俺は研究所へと戻る。
「そういえば、パン焼き魔道具第一号でパンを焼いていたんだった」
魔道具が無事完成していたら、今ごろパンが焼けている頃だ。
少し楽しみだが、食べる前に一眠りしたい。
そんなことを考えながら、結界を解除して扉を開ける。
「主さまぁぁぁぁぁぁ」
ハティが泣きながら、俺の胸に飛びついてくる。
「どうした?」
「ひくっ、おきたら主さまがいないから……、うぅ……」
「ああ、そうか」
起きて俺がいなかったので、ハティは捨てられたと思ったようだ。
「昨夜は色々あったんだよ」
「色々ってなんなのじゃ?」
ハティは俺の胸に顔をぐしぐしと押しつける。
涙と鼻水がべったりと付いた。
まったく仕方のない幼竜である。
「昨夜、悪い奴がやってきて——」
ハティを抱っこして撫でながら、昨日のことを説明する。
事情説明は三回目だ。
撫でて、説明している間に、ハティは落ち着いたようだった。
「ということで、事情聴取を受けて帰ってきたんだよ」
「そうなのかや〜。あ、主さま! いい匂いがするのじゃ! 乾燥パンかや?」
落ち着いたハティは、魔道具で焼かれたパンの匂いに気がついた。
「ああ、昨夜、パン焼き魔道具が完成したんだよ」
「すごいのじゃ! 食べるのかや?」
涙と鼻水で濡れていたハティの顔は、今はよだれで濡れていた。
本当に仕方のない幼竜である。
「美味しくできているかはわからないぞ?」
「それでも食べたいのじゃ!」
「わかったよ」
俺はパン焼き魔道具の蓋を開ける。
開けた瞬間湯気があがった。
「ふわぁぁ」
「匂いと見た目は合格だな」
取りだしたパンを包丁で切る。
「中も美味しそうに見えるな」
「美味しそうなのじゃ!」
切ったパンをハティに手渡す。
「食べていいぞ」
「いただきますなのじゃ!」
ハティはパンをハグハグと食べ始める。
「味はどうだ?」
「とても美味いのじゃ!」
「それは良かった」
「主さまは食べないのかや?」
「俺も食べるよ」
「一緒に食べると美味いのじゃ!」
そういいながら、むしゃむしゃと食べている。
本当に美味しそうだ。
俺もパンをちぎって口に入れた。
「あ、美味しいな」
「主さま。このパンはすごく美味しいのじゃ! いままで食べたパンで一番美味いのじゃ!」
それは大げさだと思う。
だが、確かに美味しいパンだった。
「パン焼き魔道具は完成だな」
「やったのじゃ」
そして、俺は再びパンの材料をセットする。
起きてからパンを食べるためだ。
徹夜明けだから、やけに美味しかった可能性もある。
「ということで、俺は寝るぞ。昨晩、一睡もしていないからな」
「わかったのじゃ! 主さまが寝ている間、ハティが守るのじゃ!」
「ありがとう。ハティ」
俺がベッドに入ると、ハティは俺の上に座った。
守ってくれているつもりなのだろう。
ハティを撫でながら、俺は目を閉じる。
眠たいはずなのに、すぐには寝付けなかった。
昨晩から、色々あったので、まだ身体が興奮しているのかも知れない。
そんなことを考えていると、
「しゅぴー」
ハティの寝息が聞こえてきた。
もう眠ったらしい。
もしかしたら、昨夜途中で起きたのかもしれない。
そして俺がいないことに気付いて、それから眠れなかったのかもしれない。
ハティの寝息を聞いているうちに、俺もいつの間にか眠りに落ちたのだった。