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まだヴェルナーがハティに抱きつかれて気持ちよく眠っていた頃。
起床した皇太子の元に、ヴェルナーが襲われたと言う報告が入った。
報告しに来たのは近衛魔導騎士団の団長である。
「なんだと? ヴェルナー卿の研究所が襲われただと? それはまことか?」
「はい、シャルロッテ王女殿下もおられましたが」
「! ご無事か!?」
「はい。王女殿下は、ヴェルナー卿とご一緒でしたので」
それを聞いて皇太子は安堵して、大きく息を吐いた。
「ふぅ……。本当に肝が冷える。ヴェルナー卿が居てくれたことは不幸中の幸いだな」
「まことに」
団長は皇太子に同意して頷く。
だが、それを聞いた侍従が言う。
「ヴェルナー卿が襲われたところに、王女殿下が巻き込まれたという見方も出来ますが」
「たしかに、そういう見方も出来るな」
皇太子はそれだけ言うと、団長に目を向ける。
「で、詳しい報告を聞こう」
「畏まりました。まず襲撃者ですが、賢者の学院の学院長と魔道具学部長でございます」
「………………ふむ? なぜ?」
皇太子は驚いた。
さすがに学院長と魔道具学部長がそこまで愚かだとは思わなかったからだ。
だから、なにか理由があるのだと考えた。
「しかも、学院長たちは魔人化していたと」
「なんだと? 背後にいる者はだれだ?」
魔人化したとなると、馬鹿な学院長たちが暴走したというだけでは説明できない。
「背後関係は精査の途中でございます」
「途中経過でも良い」
「はい。どうやら、学院長と魔道具学部長は何者かから脅されていたようです」
「何者かというのは、一体誰かはわかっていないのか?」
「まだ調査中ですが、恐らくは光の騎士団関係なのは間違いありますまい」
皇太子は侍従長を見る。
「先日、学院長と魔道具学部長の背後を洗えと命じたな? わかったことは?」
「二人とも、複数の商会から多額の金銭、違法な接待などをうけていました」
「その商会からの圧力で、ヴェルナー卿を学院から追い出したと?」
「はい。今はどの商会がヴェルナー卿を追い出すよう圧力をかけたのか、絞り込んでいる最中でございます」
それを聞いて皇太子は、侍従長と近衛魔導騎士団長の両方に言う。
「今回の襲撃事件と、ヴェルナー卿の追放事件は、深く関係しているだろう。近衛魔導騎士と協力して捜査に当たれ」
「「御意」」
その後、皇太子はさらに詳しい報告を団長から受ける。
「どうやら学院長たちは拉致されていたようです」
「拉致だと? 誰にだ?」
「誰に拉致されていたのか。それは学院長の脳には残っておりませんでした」
近衛魔導騎士団は特殊な魔道具と魔法を用いて、学院長たちに尋問をしていた。
近衛魔導騎士団の尋問は、皇国で最も厳しいと評判だ。
どんな悪人だろうと、魔物だろうと、持っている情報を全て吐き出させられる。
そういう技術を持っている。
近衛魔導騎士団は、皇帝直属の汚れ仕事もする特務機関なのだ。
「脳に残っていない。…………暗黒魔法か」
「はい。暗黒魔法と分類される魔法なのは間違いありますまい」
「学院長たちは、記憶消去の魔法をかけられて、捨て駒にされたということだな」
「そう考えるべきかと」
皇太子は少し考えてから、団長に尋ねる。
「拉致されて、何をされていたのだ?」
「学院長は、攻撃魔法の理論を全て記述させられたと言っています」
学院長は攻撃魔法の権威。
最新理論を多く知っている。その情報を引き出したい勢力はあるだろう。
「魔道具学部長は?」
「ヴェルナー卿が残した魔道具の改造、開発途中の魔道具を完成させられたと」
「……魔道具学部長に、それが出来るのか?」
「魔道具学部長には、助言者がいたと」
「それは誰かは……」
「魔道具学部長の脳に情報は残っておりませんでした」
肝心の情報は消されているようだ。
「さすがに、敵もそこまで間抜けではないか」
「はい。残念ながら」
「だが、ヴェルナー卿の魔道具を完成させるための助言が出来る人物。ただ者ではないはずだ……」
考える皇太子相手に団長が続ける。
「殿下。ハティ王女殿下が操られて、シャルロット王女殿下を襲ったという話は覚えておられますか?」
「ああ、ヴェルナー卿と王女殿下の感動的な出会いの話だな」
「はい。そのときハティ王女殿下が付けられていたものと似た魔道具を学院長達は付けられていたようです」
「それは確かか?」
「両方を見たヴェルナー卿の証言です。間違いないかと」
「それならば信用して良いな。ヴェルナー卿は具体的にはなんと?」
「同種の魔道具に、魔人化させる機能をとりつけたと」
「……ガラテア帝国が魔人化の技術まで手に入れたということか?」
ハティを操った魔道具を作ったのはガラテア帝国だと目されていた。
その魔道具に魔人化させる機能まで付与されていたのだ。
「そう考えた方がよろしいかと」
「それは厄介なことだな」
「恐ろしいことでございます」
「となると、魔道具学部長の助言者もガラテア帝国の手の者と考えた方が良いか」
「助言者が一人ではなく、優秀な集団だったならば、短期間で完成させることも可能でしょう」
ガラテア帝国には、ハティを操れるほどの魔道具を作る技術がある。
そして魔道具学部長はヴェルナー追放からずっと研究を続けてきたのだ。
その魔道具学部長と優秀な集団が手を組めば、短期間で研究を完成させることも難しくないだろう。
元々、ヴェルナーは何も隠していないのだ。
教え子である生徒が一目でわかるぐらいわかりやすく研究ノートを記述している。
教え子と言っても、あくまでも生徒にすぎないのだ。学者ではない。
加えてサンプルも作り、設計図もある。
理解できなかったのは魔道具学部長がケイ博士の魔道具体系を理解できていなかったからだ。
それでも時間をかければ解読できただろう。
優秀な魔道具師の集団ならば、もっと早く解読できる。
「優秀な魔導師集団を動かすということは、ガラテア帝国からの影の宣戦布告か」
「そうかもしれませんね」
優秀な魔導師集団は恐らく国家の機関である。
それが皇国の王都、しかも上級貴族の屋敷で王女を襲った襲撃者の背後にいた。
ただ事ではない。
国防に関わる重大事だ。
近いうちにラメット王国に対する動きもあるかも知れない。
険しい表情を浮かべる皇太子に、若い側近が言う。
「殿下。もしそうならば、まだ良いのですが」
「どういうことだ?」
「我が国に天才がいるように、ガラテア帝国にも天才がいるのかもしれません」
「………………まさか。ヴェルナー卿は百年、いや千年、万年に一人の天才だ。同時代に同様の天才が二人いるなど」
「私もそうではないことを祈っております」
「…………諜報部門を動員して、天才の存在を探れ」
「御意」
皇太子は指示を出していく。
一通り指示を聞きおえた、侍従長が尋ねる。
「賢者の学院はどういたしましょうか?」
「賢者の学院は、皇国の学術研究の柱だ。健全な人事を速やかに」
「御意。学院長たちはどうしましょう?」
「国家機密に関することだ。秘密裁判で処理する。裁判官は私が直々に務めよう」
「御意。ですが、操られていたとなると、ヴェルナー卿襲撃を罪に問うことは難しくなるやもしれません」
「かまわない。二人とも欲に目がくらみ外患誘致を行なったのだ。その時点で極刑は免れん」
外患誘致は重罪だ。法定刑は死刑のみである。
「極刑にした上で懲役刑を科すつもりだ。正式に判決が出たら近衛魔導騎士団に預けるゆえ存分に活用せよ」
「……御意」
極刑判決を下し、死亡扱いとする。
その後、生きた人間と扱われない。
だから、物のように活用できる。つまり死ぬよりも辛い罰といえるだろう。
そうして、学院長たちの運命は、本人のあずかり知らぬところで決まったのだった。
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二章