俺が目を覚ましたとき、時刻は昼のようだった。
窓から見える太陽の位置で、大まかに時刻を推測したのだ。
「研究所に窓があるのは、一長一短だが日の光で大まかに時刻がわかるのはいいな」
先日まで使っていた荒野の拠点は地下にあった。
だから全く日が差さなかった。
それゆえ、ひきこもって研究を続けていると、昼夜の感覚が無くなっていく。
だが、今の研究所は、辺境伯家の王都屋敷の庭に建てられた離れである。
地上にあるので、日の光も入るのだ。
「……ふうむ。平穏だ」
布団の中には、
その寝息を聞いていると、俺も二度寝したくなってくる。
昨日、と言うか、正確には今日の未明、俺は学院長だった者たちに襲われた。
それを返り討ちにして、近衛魔導騎士の事情聴取を受け、屋敷に戻って姉に報告し、研究所に戻ってハティに報告してから、眠りについたのだ。
「眠りについてから、三時間、いや六時間ぐらい寝たか」
夜明けからしばらく経って昨日は眠った。
いまは昼過ぎと言ったところか。
六時間ほど眠ったのにまだ眠い。
だが、これ以上眠ったら、夜眠れなくなりかねない。
仕方ないので、起きることにする。
俺は身体を起こす前に布団をどけて、胸にしがみつくハティを見た。
「ハティはまた、そんな恰好で……」
古竜の王女ハティは人型になっていた。
しかも全裸である。
全く何も着ていない竜形態で眠りにつき、眠っている間に人型に変わったのだ。
全裸なのは仕方がない。
問題なのは、幼竜なのに出るとこが出ていることだ。非常に困る。
ハティはその大きな胸を俺のお腹辺りに押しつけていた。
道理でやけに、ふかふかとした柔らかい感触がしていたはずだ。
「人型になるときは服を着ろと言い聞かせていたのだが……」
その前にベッドで一緒に寝るときは小型の竜形態にしろとも言った。
「幼竜だから、制御ができないのだろうか」
それなら困る。
人型だからまだよかったが、本来の姿になられたら、研究所ごと吹き飛びかねない。
「結界発動中だから大丈夫……ではないか」
俺が開発した結界発生装置の魔道具は、基本的に何も通さない。
中で巨大化されたら、結界内がハティでみっちり詰まることになる。
俺も押しつぶされることになるだろう。
「あとで、きちんとお話ししなければ……。ハティ起きなさい」
「みょにゅ。パンがうまいのじゃぁ」
夢の中でパンを食べているようだ。
昨日完成させたたばかりのパン焼き魔道具から、焼きたてのパンのとても良い匂いが漂ってきている。
そのせいで、ハティは夢の中でパンを食べているらしい。
「ハティはパンが好きだもんな……」
夢の中でパンを食べているせいか、俺の服をもぐもぐしている。
そのため、よだれでベットベトになっていた。
「うわぁ……。洗濯魔道具も作りたくなってくるな」
とはいえ、ハティは子供なので、汚しても仕方がない。
「ハティ。起きなさい。パンを食べるぞ」
「…………むにゅ? ……パンじゃと!」
ハティは勢いよく、ガバッと起きた。
全裸のハティの胸が揺れる。
「おい、ハティ自重しろ」
「主さま、なんのことじゃ?」
「なんのことじゃ? じゃない。一緒に寝るなら人型はやめろと言ったはずだ」
「そ、そうじゃった。つい」
「それに、人型になるなら、服を着ないといけないとも言ったはずだ」
「そうじゃった。すまないのじゃ」
ハティは反省しているようだった。しょんぼりしている。
「わかったならいいけど」
「わかったのじゃ!」
ハティは人型のまま、元気に返事をする。
そのたびに胸が揺れる。本当に自重して欲しい。
俺は毛布をハティに掛けて見えなくした。
「ハティ、最近はちゃんと竜形態だったのに、今日はどうして人型に?」
「うーん? 寝不足だったからかもしれぬのじゃ」
「…………へぇ。そんなものか」
「寝不足だとついうっかりが増えるのじゃ〜」
古竜の習性はよくわからない。
「……もしかして、寝不足で眠ると、ついうっかり巨大化とかするのか?」
「それはないのじゃ」
「どうして?」
「巨大になるには、重くならないとなのじゃ。重くなるには魔力がいるのじゃ」
「ふむ?」
「つまりじゃな、意識して気合いを入れないと巨大化はできないのじゃ!」
さほど重さの変化がない小型竜形態から人型形態へは、魔力はさほど必要ない。
ついうっかり、変化してしまうこともあり得る。
だが、小型竜形態や人型形態から巨大竜形態になるのは難しい。
そういうことらしい。
「小型竜形態と、人型も体重は三倍以上あるとは思うがな」
「たかが三倍なのじゃ。巨大竜形態は、数百、いや数千倍なのじゃ!」
「それもそうか。まあそんなに魔力使わないなら、小型竜形態になってくれ」
「わかったのじゃ」
するすると小型竜形態に戻ったハティと一緒に、俺はパンを食べたのだった。