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058 襲撃された姉

 走りながら俺は使用人に尋ねる

「姉さんはどこに?」

「お屋敷の門のすぐ外です」

「なぜ屋敷の中に入れない?」

「子爵閣下は、いま結界の中に籠もられておられます」


 姉は襲撃されて、俺が渡した結界発生装置を発動させたのだろう。


「姉さんは無事なのか?」

「重傷を負われたのは間違いありません」

「なんだと? 治癒術師は?」

「既に呼んでおります。いま向かっているところです」

「襲撃者は?」

「結界が展開した直後に姿を消しました。近くに潜んでいる可能性もあります」


 だから結界を解除することが出来ないのだろう。


「大体事態は把握した」


 辺境伯家の門の外に出ると、そこには発生済みの結界があった。

 外からは中が見えない。

 だが、中からは外が見えるようになっている。


 研究所に訪れた人物が誰かを確認できるのもその機能があるからだ。


「ハティ、周囲を警戒していてくれ」

「わかったのじゃ」

「姉さん、結界の解除を頼む」


 俺がそういうと結界が解除される。

 結界の内部には姉と執事がいた。


「ヴェルナーの結界のおかげで助かったよ」


 そう言って姉は笑う。

 姉は腹を切られたようで、真っ赤な血が流れていた。

 執事は、そんな姉の止血を一生懸命やっている。


「ポーションを使いましたが、まだ血は止まっていません。治癒術師は?」

「ちょうど今いらっしゃいました!」


 駆けつけた治癒術師が診察と治療を開始する。

 屋敷に連れて行く前に血をとにかく止めようということだ。


 治療を始めようとしたとき、

「主さま!」

 ハティの大きな声が響くと同時に、俺達の頭上に数十本の魔法の槍が降り注ぐ。

 それを俺は障壁を展開して、防ぎきる。


 障壁に数十本の魔法の槍が連続でぶち当たり、激しい音が響き渡った。


「ひぃいいいい」


 治癒術師が頭を抱えて、うずくまる。

 そんな治癒術師を落ち着かせるために俺は微笑む。


「ご安心ください。先生の身は必ず守りますので、安心して姉の治療を続けてください」

「は、はい」

「結界の再展開を。応急処置が終わり次第解除して、屋敷へ」

「畏まりました」


 執事に指示を出すと、たちまち姉と執事が治癒術師ごと結界に包まれる。

 これでひとまず安心だ。


「さて。隠れてないで出てこい」

「…………」


 返事はない。だが逃げたわけでもない。

 近くで気配を消してこちらを窺っている。

 再び姉の結界が解除されたら、攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。

 次の攻撃は恐らく、先ほどのものより激しくなるに違いない。


「そちらがそのつもりならば……」


 俺は小さな魔法の弾を作って隠れている場所に音速に近い速さで撃ち込んだ。


「グゥ」


 うめき声が上がる。


「ハティ!」


 俺はハティに声をかけながら、その場所へと走った。


「まかせるのじゃ!」


 ハティも高速で俺に付いてくる


 隠れるために気配を隠しているところに、速い攻撃を撃ち込めば、躱すことは難しい。

 そして、気配を隠すために魔法障壁なども解除しているのだ。

 小さくて弱い攻撃で充分だ。


 敵が隠れていた場所に到着したが、そこには血痕が残されているだけだった。


「……逃げたか」


 深手を負ったので、戦えないと判断したのだろう。

 判断が早い。しかも正確だ。

 俺は、襲撃者の血痕から、血を採って瓶に入れて保管する。


「ハティが周囲を探して回るのじゃ」

「頼む。成果があってもなくても、三十分で切り上げて戻ってこい」

「わかったのじゃ!」


 そして、俺は姉たちの入っている結界の警戒に戻る。

 五分ほどで、応急処置が終わり結界が解かれる。


「速やかに屋敷の中に運べ」

「かしこまりました」

「先生。ありがとうございます。屋敷までよろしくお願いいたします」

「は、はい」


 治癒術師は額に汗を浮かべて、周囲をキョロキョロと見回している。

 また襲撃されたらと思って恐ろしいのだ。


「ご安心ください。先生には指一本触れさせませんので」

「はい」


 使用人が用意した担架に乗せられ、姉は屋敷の中へと運ばれていく。

 俺は治癒術師と一緒に担架の側にくっついて走って屋敷に向かった。


「よし、襲撃はなしか」


 襲撃者は、追い払った一人だけだったのかもしれない。

 姉を、姉の部屋まで運ぶと本格的な治療の開始だ。


 治癒術師も屋敷の中に入ったことで安心したらしく、的確に使用人達に指示を出す。

 追加でさらに二人治癒術師が到着して、三人がかりで治療を始める。


 治癒魔法は、神聖魔法と呼ばれる神の御業だ。

 神の奇跡を、この地上に顕現させるために、治癒術師は沢山の魔力を消費する。

 それゆえ、大けがや大病の場合、複数の治癒術師が必要になるのだ。


 治癒術師は数が少なく、怪我人、病人は多い。

 それゆえ、治癒術師による治療料金はどうしても高額になる。

 辺境伯家が裕福だからこそ、治癒術師を三人も呼ぶことが可能になるのだ。


 俺が治癒術師による治療を眺めていると、ハティが戻ってきた。

「主さま〜」

「どうだった?」

「見つけられなかったのじゃ」

「そうか、それは仕方がない。中々腕のいい暗殺者のようだったからな」


 そこでやっと俺は落ち着いた。

 大きく息を吐く。


「どうするの? 主さま」

「……姉さんの経過次第だな。王宮や実家への緊急連絡も全部やっているはずだし。そうだな?」


 近くに控える執事に俺は尋ねる。


「その通りでございます。ヴェルナー様、どうなされますか?」

「……とりあえず、研究室のロッテを母屋に移動させる」

「それがよろしゅうございます」


 そして、俺はハティを姉の側に護衛として残して研究室に向かったのだった。

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