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060 姉が知っていること

 ロッテとハティ、そして執事を見送った俺は姉の部屋に向かう。

 姉の治療は終わったようだった。


「先生。姉の容体はどうでしょうか?」

「はい。無事治療は成功しました」

「ありがとうございます。傷はどのような?」

「鋭い刃で脇腹を切られていました。内臓が傷ついていなかったのが幸いでしたね」


 姉は無事生き延びたようだ。

 治癒術師たちは一人を残して帰って行く。

 そして、俺は姉のベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けた。


 しばらく、寝ている姉を見ながら、今後のことを考える。


 ガラテア帝国、光の騎士団、そしてゲラルド商会。

 そいつらが、俺を脅す理由がわからない。


 先日、俺に前学院長たちをけしかけたのも、そいつらだろう。

 三者の中で、最も上位にあるのは明確にガラテア帝国である。


 ロッテの師匠という理由以外で、俺を襲う価値はあまりない。

 前学院長は王都で、しかも大貴族である辺境伯家の屋敷において俺を襲った。 

 今回は、門の前で姉を襲った。


 そんなことをしても、皇国の力はをそぐことは出来ないし、戦意も萎えないだろう。

 ラメット王国を援助するのをやめようとも思うまい。


「…………狙いがわからん」


 俺がそう呟いたとき姉が目を覚ます。


「……ヴェルナー?」

「起こした? すまない」

「いや、気にしないで」

「痛む? 痛むなら痛み止めを……」

「その必要もないよ。大した痛みではないからね。治癒魔術というのは本当に偉大だね」

「それならいいんだが……」


 姉はにこりと笑う。


「ヴェルナー。助けられたね。結界発生装置がなければ、殺されていたよ」

「どういう状況だったんだ?」

「馬車から降りた瞬間、魔法が飛んできた。私も一応魔導師だから気がつきはした。だが、避けられるわけもないよね」

「うん。気付けても避けるのは難しいよ、訓練してもね」

「執事が私を突き飛ばしてくれたおかげで直撃を免れたんだ。あとで褒美をやらないとね」

「俺からもお礼を言っておくことにするよ」

「うん。そして地面を転がりながら、結界発生装置を起動させたんだ」

「間に合って良かったよ」

「ギリギリだったけどね。展開した結界に敵の放った魔法が連続で十発ぐらい当たっていたから」

「殺意が高いな」

「そうだね。本当に、ヴェルナーには助けられたよ。ありがとう」


 そう言うと微笑む。

 だが、俺はその感謝を素直に受け取るわけにはいかない。


「いや、どうだろう。そもそも襲撃者は俺に対する脅しで姉さんを襲った可能性が高いからな」

「詳しく聞かせて」


 俺は脅迫状について、姉に教える。


「なるほど、そういうこと。それで自分が私を危険にさらしたのではないかと気を揉んでいたわけだね」

「…………言ってしまえばそうだけど」

「それなら気にしなくていいよ。私にも狙われる理由はあるし」

「どういうことだ」

「ヴェルナー。私が日々遊んでいるとでも思っていたわけじゃないでしょう?」

「忙しく働いていることは知っているよ。仕事内容は知らないけどな」

「ヴェルナーも知っての通り、辺境伯家の大事な役目に国境を守護するというものがあるからね」


 だからこそ、辺境伯家は大きな力と裁量権を与えられているのだ。


「ガラテア帝国との国境線を守っているのは我が辺境伯家だからね」

「うん。そうだね」

「だから、私も、ガラテア帝国とラメット王国と、シャルロッテ王女の関係については、それなりに知っているよ」


 辺境伯家は王宮中枢と連携して国境を守護している。

 そして、姉は辺境伯家を代表して王都にいるのだ。

 情報収集も姉の大事な仕事の一つである。 


「ヴェルナーは私に色々隠し事をしているつもりだったのだろうが——」

「いや、そんなことはないが……」

「前学院長の背後にガラテア帝国があることや、ハティを操ったのもガラテア帝国の可能性が高いことも、私に言っていないよね」

「それは確かに言っていないな。……すまない」

「ん」


 姉は頷くと、優しく微笑む。


「まあ、怒ってはいないよ。ただ、私だって、ヴェルナーの知らない情報を持っているということだよ」

「……姉さんは何を知っているんだ? もちろん俺が知らない方がいいことなら、聞かない」

「本当にヴェルナーは賢いね」

「……そんなことはないと思うが」


 ただ面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ。


「私が伝えなくても、そのうち皇太子殿下の筋から教えられると思うのだけど」


 そう前置きしてから、姉は言う。


「前学院長と前学部長に直接接触し、操っていたのは、ゲラルド商会だよ」

「それは、俺も聞いたな」

「誰から?」

「オイゲン商会から」

「……流石は商人、耳が早いね。オイゲンは他になんと言っていたの?」

「ゲラルド商会の背後には光の騎士団があって、光の騎士団の後ろにガラテア帝国がいるらしいとか?」

「うん。やっぱり商人の情報網はさすがだね」

「ということは、オイゲンさんが言っていたことは本当か」


 オイゲンだけが言っているだけなら、ライバルを潰そうとして讒言している可能性も考えなければならない。

 だが、王宮つまり近衛魔導騎士団の調査と辺境伯家の調査でもそうならば、そうなのだろう。

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