俺がゲラルド商会について考えていると、姉が言う。
「そしてここからが本題だが、近衛魔導騎士団は光の騎士団のアジトをいくつか潰し始めている」
「……そうだったのか」
「うん。だから敵も追い詰められているんだよ。私が狙われたのもこれが初めてではないし」
「姉さん、それこそ俺に教えてくれよ」
「私は辺境伯家の嫡子なんだから、狙われることは珍しくない。いちいち報告したりはしないよ」
そういって、姉は笑う。
「いやいや、今回は俺がらみでもあるんだから、報告するべきだろう?」
「それもそうね。だからおあいこだね」
「…………」
そう言われたら言い返せない。
俺も辺境伯家に関わりのあるガラテア帝国がらみのことを全て報告したわけではなかったのだ。
「今後は情報交換をしっかりしようね。ヴェルナー」
「わかった」
「母屋で寝なさい」
「それ今の話に関係ある?」
「もちろん。ヴェルナーが母屋で寝るなら、会話する機会も増えるでしょう?」
「善処しよう」
姉との話し合いを終えた後、俺は一人で研究室へと戻った。
「…………急がなければ」
犬の散歩用魔道具などを作っている場合ではなかった。
姉が狙われているならば、結界の中と外で連絡する魔道具の完成を急がねばならない。
椅子に座って開発を始めた俺の足元に犬の散歩用魔道具であるタロが来る。
「ピピ」
「タロ。掃除ありがとう」
「ピピピ」
魔道具だというのにまるでペットのような気がしてくる。
俺はタロのボディを撫でてから、集中して設計図を描いていった。
………………
…………
……
「主さまー」
「…………」
「主さま〜」
「………………はっ」
どうやら、ハティに呼ばれているようだ。
いつから呼ばれていたのか、定かではない。
俺は立ち上がって、玄関へと向かう。
「どうした? ハティ」
「とりあえず、いれてほしいのじゃ」
「ああ、いいぞ」
結界を解除してハティに中へ入ってもらう。
「で、何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃないのじゃ」
「む?」
「いま、一体何時だと思っているのじゃ?」
「ここには時計はないんだ。高価だからな」
時計は一般的ではない。だが、それを作る職人はいる。
魔道具ではないが、大量の小さな部品が必要なので、めちゃくちゃ高い。
「で、主さまの予想では?」
「八時ぐらいか?」
朝になったのは覚えている。
朝日が差し込んできて、まぶしかったので遮光カーテンを閉めたからだ。
「正解、八時だよ」
「そうか。もうそんな時間か」
ハティは朝ご飯を食べようと呼びに来たのかも知れない。
「でも、主さま。主さまの姉上が襲われてから三日後の八時だよ?」
「……まさか」
「毎日、朝昼晩に知らせに来たのに反応しなかったのじゃ」
「それは……」
自分でも予想外だ。
確かに結界の遮音効果は高い。だが、聞こえないわけではない。
実際に今朝はハティの呼びかけにも気付いたのだ。
「主さま。集中してたのかや? 主さまの姉上がそんなことを言ってたのじゃ」
「姉上はなんて?」
「集中すると揺さぶっても気付かないことがあるって言ってたのじゃ」
「さすがにそれはない」
いくら集中していようと、揺さぶられて気付かない人間などいないだろう。
「ともかく心配をかけた」
「本当に心配だったのじゃ。主さまの姉上は大丈夫だろうってわらっていたのじゃが……」
「気をつける」
「これからハティは離れないのじゃ!」
そういってハティがヒシっと抱きついてきた。
「特に研究するときは絶対離れないのじゃ。研究を始める前にちゃんとハティがいるか確認して欲しいのじゃ」
「わかった、気をつける」
「うん」
俺はしばらくハティを優しく撫でた。
「主さま。ご飯は食べていたのかや? 少しやつれているのじゃ」
「水は飲んでいたが……食べ物はなにも口にしていないかも知れない」
「…………パ、パンを食べるのじゃ!」
慌ててハティは食料をいれている棚に飛ぶと、乾燥パンを持ってくる。
近くにある母屋には美味しいパンがある。
だがとりにいくのも面倒だった。
「ありがとう。ハティ」
「ゆっくり食べるのじゃぞ」
「ああ」
俺がゆっくり乾燥パンを食べるのを、ハティはじっと見つめていた。
「ハティも食べたいのか?」
食べたいから見つめているのかと思ってハティに尋ねる。
「ハティはお腹いっぱいなのじゃ」
「そうか」
小さくちぎって乾燥パンを口に入れて、飲み込んだ。
その途端、お腹が空いていると気付いた。
「美味いな」
「乾燥パンはいつも美味いのじゃ!」
俺はハティに見守られながらパンを食べる。
食べている途中で、ハティが尋ねてきた。
「……それで、主さまはどんな魔道具を作っていたのかや?」
「えっとだな。まあ見てくれ。さっき完成したばかりなんだ」
俺は今朝ほぼ完成した魔道具をハティに見せる。
「結界発生装置に似ているのじゃ」
「改良版だからな」
「ということは、ついに遠くと話せる魔道具ができたのかや?」
「できた。試運転はこれからだから、思わぬ問題が発生するとも限らないが」
「す、すごいのじゃ」
ハティは目を見開いて驚いていた。