テストは短い距離からはじめる。
「ロッテ、この魔道具を持って、部屋の端に移動してくれ」
「はい!」
まずは研究室の端と端でテストを行なう。
「聞こえるか?」
小声で呼びかけるが、ロッテからの反応はない。
「あの、お師さま。こちらに音が届いていません」
「ん? どれどれ? あーこれは、ここの設定がずれているな」
そんな調整をしながら、部屋の端と端に音声を届けることに成功した。
「音声自体は届けられることがわかったので、次は結界を通過できるかのテストだ」
「はい!」
「たのしみなのじゃあ」
俺は結界が張られた研究所の中にハティとロッテを残して、外に出る。
「聞こえるか?」
『聞こえます!』
『主さまの声がきこえるのじゃ』
「よし! とりあえず成功だ」
俺は研究所の中に戻る。
「やりましたね。お師さま!」
「確かに一番難しいところはクリアできているが、まだテストしなければならないことがある」
「結界越しに遠距離に情報を届けることが出来るか? ですね」
「そのとおりだ。ハティ。頼みがある」
「なんでも任せるのじゃ!」
「この魔道具を持ったまま、遠くまで飛んでくれるか?」
「お安いご用なのじゃ」
「だが、王都の上空では小さいままでな」
「うん。人間は臆病だから大きい姿を見るとおびえてしまうのじゃ。そんなところもかわいいのじゃ」
魔道具を持ったハティはするすると空へと上昇していく。
本来の姿よりは大分遅いが、普通の鳥よりはかなり速い。
普通の鷹や鷲より、少し速いぐらいだろう。
「ハティ。聞こえるか?」
『聞こえるのじゃ』
「そうか。では、俺たちは結界の中に入る。五分経っても声が届かなかったら、失敗だから戻ってきてくれ」
『わかったのじゃ!』
そして、俺とロッテは研究所に入る。
「ハティ。結界の中に入った。聞こえるか?」
『聞こえるのじゃ!』
「ひとまずは成功だが、どのくらいの距離まで聞こえるかテストしたい。ハティはそのまま遠くに飛んでくれ」
『まかせるのじゃ!』
「どの距離で会話が通じなくなるか知りたいから、話しを続けるぞ」
『わかったのじゃ!』
俺とロッテは、ハティと雑談を続ける。
『ロッテは乾燥パンと普通のパンどっちが好きなのじゃ? あ、主さまと出会った拠点跡が見えてきたのじゃ』
「やはり速いな」
王都から離れたハティは本来の大きさに戻っている。
そうなると、ハティは矢のように速いのだ。
『まだ、全然主さまの声が聞こえるのじゃ』
「それは良い。そこまで離れても聞こえるなら実用化できるな」
『もっと、離れるかや?』
「ああ、頼む」
『まかせるのじゃ!』
ハティはいつものように二つ返事で了解してくれた。
そして、どんどん遠くへと飛んでいく。
その間も、ずっと会話は通じていた。
そして、三時間後、遠くまで飛んでくれたハティが戻ってくる。
「ハティ。お疲れさま。ありがとう」
「お役に立ててよかったのじゃぁ」
ハティは小さな姿で尻尾を元気に振っていた。
民を驚かせないために王都に近づく前に小さくなって、戻ってきてくれたのだ。
それから、お昼ご飯を食べて、研究所に戻って、遠距離通話魔道具の作製を始める。
通話の魔道具は発信と受信の二つがないと意味がない。
だから、結界発生装置を配った数の二倍は欲しい。
ロッテにも比較的簡単な作業を手伝って貰う。
作業を開始すると、ロッテが尋ねてくる。
「……お師さま。これは決められた魔道具同士でしか通話できないのでしょうか?」
「ん? そうだが……確かに不特定の複数の魔道具と通話できた方が便利ではある」
「はい。……実家ともお話ししたいと思いまして」
ロッテの気持ちはわかる。
そのような魔道具を作れたら、ものすごく便利だろう。
「ううむ。だが、技術的にまだ乗り越えないといけない課題があるな」
「はい。未熟な私でも難しいことはわかります」
「うーん。そうだな。魔道具それぞれに個体番号を振って、それぞれ魔力波長を変えるとしても機密性が問題になるな」
「魔道具を複製されたら盗聴されてしまいますね」
「理論上複製は無理ではあるが……。盗聴防止は課題だな」
盗聴されずに通話できることが絶対条件だ。
複製は理論上不可能ではあるが、複数の魔道具同士で会話可能にするとなると、盗聴できる隙が生まれる。
「お師さま。この魔道具の機密性はどのように?」
「ああ、それはだな。一つの魔石を綺麗に二つに割り、それぞれの魔道具にいれてある」
「……魔石を割るとは、どういう意味でしょうか? 何かの比喩表現ですか?」
ロッテは怪訝な表情で首をかしげる。
その近くでハティも首をかしげていた。
ロッテとハティが不思議に思うのも当然である。魔石を割ることは不可能だと思われているのだ。
「一般的には知られていないが、実は魔石は割ることが出来る」
「砕くではなく、割るのですか?」
「そうだ。魔石に強い力を加えたら割れずに砕けるものだが、特別な技術があるんだ」
俺がそう言うと、ロッテは目を見開いて驚いていた。