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065 遠距離通話魔導具の製作法

 ハティも興味があるようで、真剣な表情で尋ねてくる。


「主さま! 魔石が割れるってどういうことなのじゃ? なるべく二つになるほうに砕くってことかや?」

「そういうことではない。見て貰った方が早いな」


 俺は二つに割った魔石を見せる。


「すごい。本当に二つに割れてます」

「砕けてないのじゃ。不思議なのじゃ」

「で、ここからが肝心なんだが、ロッテも知っての通り魔石には一つとして同一の物がない」

「はい」


 全ての魔道具のコアとなる必須の材料である魔石には一つとして同じ物はない。

 魔石は魔物の体内などで作り出される。

 同じ種族で、同時に生まれて、同じ親を持つ魔物を同時に倒して魔石を取りだしても、同一にはならない。

 それは人の指に刻まれる指紋と同様だ。


「そして、綺麗に二つに割った魔石は、物理的な距離や魔法障壁の有無に関係なく、同一の物体として振る舞おうとするんだ」

「同一の物体として?」

「右に回したら、右に回ろうとするし、左に回したら左に回ろうとする」


 それを利用して、遠くに音声を伝えるというのが、この魔道具の根幹技術である。


「そんな性質があるとは知りませんでした」

「ケイ先生が見つけて、弟子にしか教えていない理論だからな。普通は知らない」

「私が聞いてもいいのでしょうか?」

「ロッテを弟子にしろと言ったのは、ケイ先生だ。当然教えることは想定しているだろう」

「ハ、ハティは?」

「まあ、ハティもいいんじゃないか?」

「そうかや〜」


 嬉しそうにハティは尻尾を振っている。


 俺はそんなハティの頭を撫でると、魔道具の説明を続ける。


「砕けないよう魔石を割るのは非常に難しい。俺もケイ先生から教わってから百個ぐらい魔石をだめにした」

「お師さまでもそうなのですね。私も出来るようになるでしょうか」

「どうだろうな。ケイ先生が言うには、弟子で出来るようになったのは俺が最初とのことだからな」


 ケイ博士が魔石を割る技術を発明したのは四百年前。

 割られた魔石が同一のものとして振る舞うということを発見したのは三百年前らしい。


「だから通話の魔道具はオイゲン商会に頼んで量産して貰うことも難しい」

「はい」

「それに割る魔石も何でもいいわけではないからな。質が大事なんだ」

「貴重な魔道具ですね」

「うん。そう沢山作れはしないな。結界発生装置よりつくるのは難しい」


 技術的にも材料的にも難度は高い。


「とはいえ、結界発生装置を配った分は作りたいが……」


 家族には姉と妹、父と兄。

 師弟関係としてはロッテとケイ先生。

 王宮には皇帝に三つと皇太子とティル皇子。

 合計十二個の結界発生装置を配ってある。


「遠距離通話の魔道具は、十二対。合計二十四個作らないといけないのか」

「大仕事ですね」

「ああ、まあ全部一気に作らないといけないわけでもないしな」


 姉とロッテに一対ずつ。計二対四個。

 遠い父と兄には合わせて一対、計二個。

 皇帝と皇太子には一対ずつ、計二対四個をひとまず渡せばいいだろう。


 ケイ先生はそもそも結界が必要になるとも思えない。

 一応、渡してはあるが、それは師匠に対する礼儀で送っただけのことだ。


「ひとまずは五対十個作ればいいかな」

「私も手伝います!」

「うん、ありがとう」

「ハティも手伝うのじゃ!」

「うん、だが、ハティは大丈夫だよ」


 ハティは魔道具作りの訓練を積んでいないのだ。

 製作において手伝ってもらえることはない。


 だが、しょんぼりしてしまったのか、ハティの尻尾が力なく垂れ下がる。


「ハティには、充分手伝ってもらったからな。通話テストはハティがいなければ、どれだけ時間がかかったかわからない」

「……そうかや?」

「うん。ハティがいたから三時間で終えられたか、ハティがいなければ数週間かかっただろう」

「えへへ」


 遠くまで魔道具を運んでそこでの通話を試すのは本当に難しい。

 出来たばかりの魔道具の扱いに習熟している人が遠くにいなければいけないのだ。

 まず、魔道具の扱いを教えてから、魔道具を持たせて旅立たせなければならない。


「費用も時間も大助かりだよ」

「へへえ」


 照れたハティは尻尾を勢いよくぴゅんぴゅんと振っていた。


 その後は魔道具の製作に全力を尽くした。



 ロッテは夜になると母屋に向かい、朝になると戻ってくる。

 一方、俺とハティはずっと研究室に残って製作を続けた。


 夜遅くなると、ハティが心配そうに

「主さま、そろそろ寝た方がいいのじゃ」

 と言ってくれる。

 ハティのおかげで徹夜せずに効率よく製作を進めることが出来た。


 ハティとロッテの協力もあり、で五対十個の遠距離通話用魔道具を完成させるまで三日しかかからなかった。

 時刻は夕食前。

 ロッテがいつも母屋に戻る時間に近かった。


「よし。まずこれはロッテに渡しておこう」

「ありがとうございます。対になる魔道具はお師さまにお渡ししますね」

「ああ、わかった。なにかあったら呼びなさい」

「はい!」


 それから俺はハティとロッテと一緒に母屋へと移動した。

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