俺がしばらく眠たいふりを続けていると、店主が声をかけてくる。
「兄ちゃん。疲れてんのかい?」
「ああ、そうかもしれない」
「パンもあまり食べてないみたいじゃないか」
「空きっ腹に酒を入れたから、酔ったのかもな」
俺がそういうと、客の一人が笑う。
「そんな少ない酒で酔えるなんてうらやましいぜ」
酒場ではよくある光景といえるのかも知れない。
だが、先ほどまで無言で、俺に気付かれないようこっそり見ていた奴とは思えない。
態度が変わりすぎだ。
態度がずっと変わっていないのは、給仕だけ。
給仕以外は、俺が眠たい演技をしはじめてから、急にほっとして笑顔を見せるようになった。
どうやら、本当に俺に毒を盛ったつもりでいるらしい。
ならば、次は帰るふりだ。
「……俺は帰らせてもらわ」
「早いな、兄ちゃん」
「ああ、なぜかわからんが、酔いが回るのが早くてな。ものすごく眠いんだ」
「それは、疲れているのかもなぁ」
「そうかもしれん。パンは持ち帰らせてもらうよ」
「ああ」
俺は薬が回っているアピールのために、椅子から立ち上がる際に盛大に転んでみせた。
これで、全員が俺が薬を飲んだと信じると思ったのだが、
——キィィィン
俺をめがけて、鋭い
わざととはいえ、転倒した瞬間である。
躱すことは出来ない。
咄嗟に魔法の障壁を展開して魔法の矢を防ぐ。
「演技。下手すぎ」
給仕はそう呟くと、猛然と俺に襲いかかってくる。
その攻撃は激しく、起き上がる隙を見いだせないほどだ。
給仕が攻撃を始めたのを見て、店主と客三人も俺への魔法攻撃を開始する。
やはり全員がグルだったようだ。
そのうえ、全員が攻撃魔法の使い手である。
そんな酒場があるわけがない。
ここが光の騎士団かガラテア帝国の拠点なのは間違いないだろう。
「俺がただの客だったらどうするんだよ」
俺は倒れたまま、給仕、店主、客三人、計五人の激しい魔法攻撃左手だけを使って凌いでいく。
手を魔力で覆って、攻撃魔法を弾くのだ。
俺の弾いた魔法が、木で作られた床に当たる。
木が砕け、そのしたの土が見えた。
「……さてと」
俺は左手で激しい攻撃魔法を全て凌ぎながら、ゆっくりと立ち上がる。
「くそが!」
客の一人が叫びながら、俺目がけて剣を振り下ろす。
俺を立ち上がらせたくなかったのだろう。
「狭い場所で剣を振り回したら危ないだろうが」
俺はその剣の刃を右手で握って止める。
「ば、化け物」
「さすがに失礼すぎるだろう」
何気ない言葉が人を傷つけるのだ。
言葉には気を付けて欲しい。
俺は立ち上がりながら、その客の顔面に拳を撃ち込む。
「ばべえああ」
鼻から血を噴出させて、壁まで飛んでいった。
立ち上がった俺を見て、店主が叫ぶ。
「ちぃ! 退くぞ」
同時に客二人と店主が背を向けて、逃亡しようとする。
俺に殴られた奴も、這って逃げ出そうとしていた。
だが、給仕は俺への攻撃の手を緩めない。
給仕の攻撃を凌ぎながら、俺は店主たちの背に向けて言う。
「退くなら黙って引け。退くと宣言した奴を逃がすわけないだろうが」
「黙れ!」
店主がそう叫ぶのと同時に、俺は急激な魔力エネルギーの膨張の気配を察知した。
その気配は店の中心からだ。
いや、店の中心というよりも、エネルギー膨張は給仕の胸元辺りが起点となっている。
魔力エネルギーの急激な膨張。つまり強力な爆発だ。
店主は給仕ごと俺を吹き飛ばそうとしているらしい。
俺を仕留めきれなくても、姉を襲った実行犯である給仕は殺せる。
口封じになると考えたのだろう。
それに、爆発に対処している間に店主たちは逃亡するつもりなのだ。
「……」
俺は給仕の胸元、服の内側に右手を突っ込む。
そして、給仕の柔らかい双丘の中心で膨張しつつあった魔力エネルギー収束させた。
何らかの魔道具が給仕の胸の間にあった。
それが強力な爆弾だったらしい。
魔力エネルギーを収束させると同時に、魔道具も破壊する。
再び爆発されても困るからだ。
「……危ない危ない。これでよしっと」
「……あっ」
俺が給仕の胸元から手を引き抜くと、給仕はぺたんと床に尻をつく。
先ほどまで感じた給仕からの殺気を感じない。
捨て駒として爆殺されかけたことに気付いたのかもしれない。
自分を殺そうとした店主たちへの激しい怒りのためか、給仕の顔が真っ赤になっている。
俺は給仕を警戒しながら、店主たちに言う。
「逃げられないだろう?」
「な、なぜだ。ここに何があるんだ」
店主と客たちは不可視の壁を、必死の形相で叩いていた。
「お前らが暴れ始めた瞬間に結界を展開させた。俺の許可なく、外に出ることも中に入ることもできないぞ」
「なんだと!」
「なんで爆発しないんだぁ!」
「爆発の方は俺が収束させた。お前らは本当に外道だな」
膨張しようとしていた魔力エネルギー量から考えて、発動していたらこの地区ごと吹き飛んでいただろう。
結界を用意しておいてよかった。本当にそう思う。