目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

072 給仕の事情

 給仕の言葉を聞きながら、俺は自分が壊した魔道具を調べた。


「確かに、胸につけられていた魔道具にはそういう機能がありそうだな」


 ハティや前学院長たちがつけられていた魔道具も、人の行動を操れた。

 だが、事前に出した単純な命令に従わせることしかできなかった。


 ハティに下された命令は「人を食い殺せ」である。

 誰をとか、どこでとか、そういう命令を与えられていたわけではない。


 ハティに襲われたときロッテは、ほぼ無人の荒野を進んでいた。

 つまり、ロッテの他に人がいなかった。

 だから、「人を食い殺せ」という命令でロッテを襲わせることができたのだ。


 元学院長と元魔道具学部長がどのような命令を受けていたのかはわからない。

 だが、細かい命令を与えられている気配はなかった。


「声で命令を伝えられるようにしたのか。厄介だな」

「……すまないが、もう操られたくない。……この頭の魔道具を取ってくれないか?」


 胸の魔道具は壊したが、替わりの魔道具があれば、再び給仕は操られることになる。


「自分では取れないのか?」


 そういいながら、俺は魔道具に手を伸ばす。


「……取れない。取り方がわからない。力づくで外したら爆発するらしい」

「そうか」

「…………きちんと外せば、爆発はしない。だけど私は死ぬらしい」

「どういうことだ?」

「……いまは頭皮に針が少し食い込んでいる。……外すときに針が伸びる仕組み」


 無理やり外したら爆発して、外そうとした人間を巻き込む。

 きちんとはずせば、給仕一人が死ぬだけで済む。

 そういうことらしい。


「……私が死ぬのは仕方のないこと。外し方がわからないなら私を殺して欲しい。……そうすればあなたは死なない」


 給仕は真面目な表情で言う。


「いや、外し方はわかる。安心しろ」

「……ありがとう。私が死んでもあなたのせいじゃない」


 自分が死んでも、気にしなくてもいいと言いたいらしい。


「配慮ありがとう。だがその配慮の必要はない」

「…………わかる。私はあなたの姉を襲って、あなたを襲った。……仕方のないこと」

「そういうことではないんだがな」


 そう呟きながら、魔道具の構造を調べていく。

 そして、俺は魔道具をきちんと外した。


「これでよしと」


 当然爆発もさせないし、針も飛び出させない。

 食い込んでいた針を抜いたことで、給仕の頭皮から少し血がにじんだ。


「痛いか?」

「……大丈夫。でも、どうやって?」

「俺は魔道具の専門家だからな。針を飛び出させるのは、この部分が動いたときだ」


 そういって、給仕に頭から取り外した魔道具を少しいじった。

 すると「ガシャン!」という大きな音がして、鋭い針が内側に飛び出す。

 針というよりも杭と言った方がいいかもしれない。

 もし、魔道具を頭につけた状態で、こうなれば脳が完全に破壊されただろう。


「なるほどな。魔人に変える効果は無いのか。いや、それもあるな」


 ガラテア帝国の魔道具は急速に進歩しているらしい。

 元学院長たちにつけられた魔道具にはハティの時になかった魔人化機能があった。

 そして、給仕につけられた魔道具には装着者の命を奪う機能と、声で命令を出せる機能が加わっている。


「さて、俺の名前は知っているな?」

「……知っている」

「君の名前は?」

「……コラリー」

「そうか。コラリー。ガラテア帝国の拠点の場所はわかるか?」

「……わかる」

「案内してくれ」

「…………姉を襲った私を殺さなくていいの?」

「操られていた者に復讐しようとは思わない」


 ロッテを襲ったハティと同じだ。


「……ありがとう」

「コラリー。敵のアジトを潰すのを手伝ってもらえるか?」

「……うん。手伝う」

「俺は許しているが、法的には色々面倒だからな、手柄を立てておいた方が後々楽だ」


 俺がコラリーを許すことと、裁かれないことは違う。

 だが、ここでアジトを潰すのに、コラリーが協力したという功績を作っておけば、心証がよくなる。

 加えて俺が寛大な処置を願い出れば、厳しい処罰を下されることはないだろう。


「…………ありがと」

「気にするな。さてと、こいつらをどうするか」


 店主と客三人。

 正確に言うと、光の騎士団のメンバーである店主役と客役三人だ。


 結界の外に出て、すぐに結界を張り直せば、逃亡することは出来まい。

 だが、自害されたら厄介だ。

 生き汚そうなイメージがあるので、恐らく大丈夫だとは思うが、万一ということがある。


「うーん。こうしておくか」


 俺は全員に目隠しをする。

 そうしてから、口に布を突っ込み猿轡をした。

 しゃべらせないようにというより、舌を噛ませないようにだ。

 さらに、分厚いオーブン用のミトンを全員の両手にはめておく。

 昼間はパン屋だからか、ミトンが沢山あったのだ。


 視界をふさぎ、口をふさぐ。

 そしてすでに、手足の前腕、上腕、大腿、下腿、それぞれの骨が折れている。


 その状態の店主たちに向かって俺は告げる。

「お前ら面倒だから動くなよ? 動いたら殺す。一人生きていればこちらの用は足りるんだ」

「ぐぐをおお」


 猿轡をはめられた状態で、何かを喚ている。


「最悪、全員死んでも俺は困らん。どうにでもなる」

「ぐあおお」

「だから、口を開くな」

「ぐ…………」

「現状を理解してくれて助かるよ。殺すのは面倒だからな。後で三十分ぐらい事情説明しなきゃならん」


 面倒だといいながら、本当は大して面倒ではないとアピールしておく。


「改めて言うぞ。動くな。口を開くな。もし指示に従えないなら殺す」

「…………」

「わかったらうなずけ」

 店主たちは刻々とうなずく。


「それでよし」


 それから、店の売れ残りの固くなったパンをちぎると固く丸める。

 それを店主たちの両耳に突っ込んでいった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?